第7話 悪魔の正体

 その老人は、温泉に入ると、恍惚の表情を浮かべていた。その顔を見れば見るほど、その作家が書いた小説に出てきた、

「悪魔」

 と思しき老人にそっくりだったのだ。

 その小説も、映画化も、ドラマ化もされた話だったので、同じシーンを別の俳優が演じていたが、どちらかというと、ドラマ版の方の印象が深かった。

 実に人懐っこい表情で、探偵のそれとは知らずに、近寄っていく。

 最後には、

「本当は、その人が探偵である」

 ということを分かったうえで近づいたということが分かったのだったが、それが分かって、改めて、

「あの爺さんは、悪魔だったんだ」

 ということを思い知らされた気がした。

 ただ、最初に探偵に近づいた時の、あの人懐っこさに比べれば、温泉の爺さんは、明らかにぶっきらぼうに見えたのだが、実際に身体が温泉に浸かった時の表情が一気に人懐っこくなったことから、却って、

「悪魔の形相」

 を想像させたのは、それだけ、先ほどの死体を見た記憶が生々しく残っていたからだろうか?

 ただ、小説の中に出てきた、

「悪魔爺さん」

 のいた温泉は、いかにも、

「田舎町の鄙びた温泉」

 という雰囲気で、確か当時は、雪が降っていたのではなかっただろうか?

 確か、その爺さんが住んでいる家は、オンボロなあばら家だったような気がする。

 当時は、都会でも、バラックのような、家とも言えないようなところに住んでいる人ばかりだったので、田舎のあばら家でも、まだマシだったのかも知れないが、さすがに雪が降っている中で、そんな家だと、家の真ん中に囲炉裏でもないと、溜まったものではないということであろう。

 探偵が、仲良くなって老人の家に招かれた時も、雪が降っていて、かなり寒かった様子だった。

 雪が降っているというよりも、あの場所は、一度雪が積もると、その雪がなかなか消えないという特徴があるようで、よほど、気温が上がらない限り、その冬の間、爺さんが住んでいるところの付近で、

「雪が解けるというようなことはない」

 という設定だったのだ。

 そんな中、雪がしんしんと降っていた。

 不思議なことに雪が降っているにも関わらず、そのあたりは一定の深さまで雪が積もると、それ以上積るということはないということだった。

 それは、元々降っていた上に雪がそれ以上は積もらない。

 つまり、

「解けないから、その分、それ以上は増えない」

 ということなのか、それとも、

「一度解けてしまった雪の上に、さらに積雪をするから、ちょうど辻褄が合うだけのことだ」

 ということなのか分からない。

 ただ、一つの理由として、

「このあたりが温泉街だから」

 ということがあるようで、地熱というものが、大きく影響しているのだという。

 だからと言って、

「このあたりに、豪雪地帯がないのか?」

 ということはないようで、積もった雪が身体をすっぽりと埋めるくらいに積もるというところもあるようだ。

 もう、そうなると、車が走れるだけのものはないようで、大きな寒波がくると、その豪雪地帯は、孤立してしまうということもあったようだ。

 いかにその村で暮らしていけたのかということは、小説では説明していなかったが、

「たぶん、それだけの燃料や食料の貯えがあったんだろうな」

 ということしか思えない。

 それこそ、童話にあった、

「アリとキリギリス」

 のような話しではないだろうか?

 アリは、せっせと夏のうちから、貯えをしておいて、うまく冬を乗り越えるという。あの童話の話だった。

 あの、

「悪魔爺さん」

 も、それくらいのことはしていたのだろうが、問題になったのは、

「その爺さんの生活費がどこから出ていたのか?」

 ということだった。

 あばら家での質素な暮らしとなったようだが、前はたくさんの土地、建物を持っていて、戦前は裕福な暮らしをしていたという。

 しかし、村にやってきた詐欺師に引っかかってしまい、結局は、財産のほとんどを取られてしまった。

 もっとも、この村の二代巨頭と言われた編み物の一つも、戦後の農地改革の煽りを食って、没落しかかったのを、起死回生を夢見て、結果騙されたことで、没落が決定してしまい、今では、こちらも、勢いはまったくなく、ただ、広い家で細々と暮らしていたのだ。

「何とか屋敷だけは残ったが、まさか、あの男が詐欺だったとは」

 ということで、そう、この村には、戦後やってきた商売人にコロッと騙されて、詐欺にあったという暗い過去があったのだ。

 ただ、そこで殺人事件が起こった。

 小説の舞台となった時代の10年くらい前のことだったのだが、その時の詐欺師は、忽然と姿をくらまし、どこかに消えてしまったのだった。

 元々は、温泉宿の主人が、詐欺師のやり口に我慢ができず、

「俺が、懲らしめてやる」

 といって、出て行ったことが、殺人事件を引き起こすことになった。

 ただ、ここで見つかった被害者が、

「顔のない」

 という状態で見つかったので、ややこしい事件になってしまった。

 結局、詐欺師が殺して逃げているということになり、全国に指名手配をされたが、まったく手掛かりがなかった。

 これも不思議なことだったのだが、

「被害者も、加害者と思われる詐欺師も、両方、写真というものが一枚もなかった」

 ということだったのだ。

 名前だけで指名手配をしても、できるわけもない。

 しかも、その男の足取りがサッパリつかめなかったのだ。

 そもそも、その詐欺師がどこから来たのか、どこの出身で、どういう男なのかということも、村人は知らなかったのだ。

「その男を信じて、詐欺に遭ったということだから、せめて、身元くらいは、調べるくらいしたんじゃないのか?」

 と警察に聴かれて、

「いいえ、そんなことをする金もないし、時間もなかったんですよ。その事業に手を出さなければ、私どもはこの村で、完全に浮いた状態になり、主導園をもう一つの網元に奪われることになりますからな」

 ということであったが、結果は惨憺たるもの、没落を早めただけで、今では、もう一方の網元にすがって生きるしかなくなったのであった。

 それを考えると、

「田舎というところが、どれだけ閉鎖的であり、網元には逆らえない状態だったのか?」

 ということが分かるというものだ。

 元々網元のプライドがあるのだから、結果として、いかに、うまくやらないと、落ちぶれ始めると、

「もう、待ったなし」

 の状態なのだということであった。

 実はその、

「悪魔爺さん」

 は、そんな田舎村の特性をよく知っていたのだ。

 何しろ、その昔は、この村の網元は、この爺さんの先祖だったという。

「二代巨頭などと言われ出したのは、明治の後半になってからのこと、明治政府の富国強兵、殖産興業というものに、早くから乗っかった形で、二代巨頭はのし上がった」

 というのだ。

 しかし、爺さんのところは、江戸時代から続く、網元というプライドが邪魔をして、時代の波に乗り遅れた。

 だから、徐々に財産を食いつぶすようになってから、何もできなくなり、先代は、贅沢までしていたもので、爺さんの代になると、詐欺師にでもすがるしかなかったというのは、二代巨頭の落ちぶれたところとは、事情は違うが、切羽詰まっているということで、似ているといってもいいだろう。

 そんな状態で、爺さんも、まだ、詐欺師に引っかかるまでは、昔の富豪というものの生活が身に染みていたようで、結構、頭がよかったということもあってか、

「暗躍が得意」

 だったといえるだろう。

 だから、小説の中での、

「かつての殺人事件」

 の元を作ったといってもよかった。

 そういう意味で、この爺さんが、

「悪魔」

 というのは、そんなところからも来ていたのだ。

 そもそも、この作家が、

「悪魔」

 という表現を使った時に出てくるものに、

「共通のもの」

 が存在したのだ。

 というのが、

「性的要因」

 というものであり、もう一つの、未成年の女の子が悪魔と化したのも、

「性的要因」

 が孕んでいたからだった。

 その女の子は、まだ、中学生だったのだが、実は、

「男を知っていた」

 のである。

 ただ、それも、自分が望んで男を知ったわけではない、

 今の時代であれば、

「中学生にもなれば、男を知っていても不思議はない」

 という時代でもあり、男を知ることが、一種のトレンドとまで言われた時期が、一時期であるがあった気がした。

 むしろ、

「大人になってから、まだ、処女を喪失していない」

 ということになると、

「気持ち悪い」

 といって避けられるくらいに、性的な問題は、デリケートであった。

 そもそも、昭和の終わり頃には、まだまだ、

「結婚適齢期」

 というものがあった。

 今の令和の時代には、そんな言葉はほぼ、

「死語だ」

 といってもいいかも知れない。

「年功序列」

「終身雇用」

 という言葉が、死後になりかかっているのと同じにである。

 しかし、これら二つの言葉は、確かに、平成の時代、つまり、

「バブル崩壊」

 の後の時代に差し掛かってくると、徐々に、

「死語ではないか?」

 と言われるようになったが、あくまでも、徐々に襲ってきたことで、それらの言葉が消えることはなかった。

 まるで、積もっている雪にさらに雪が降っても、それ以上、深くは積もらないといった状況と似ているのではないだろうか?

 そんな状態においても、

「処女喪失」

 という言葉に、節操がないような感覚だった昔とは違い、今はあまり気にしなくなった。

 そもそも、

「結婚しない」

 という状態が増えてきたのだ。

「男も女も、中年になっても、独身」

 という人が増えてきて、

 さらには、結婚している夫婦であっても、

「子供が自立した」

 ということで、離婚するという、

「熟年離婚」

 も多い。

 かと思えば、

「華々しい結婚式を挙げて、そのまま海外に新婚旅行に行ったはいいが、帰国してから、すぐに離婚してしまう」

 という、いわゆる、

「成田離婚」

 というものが増えても来ていた。

「新婚旅行で初めて、一緒に夫婦として過ごしてみて、相手の今まで見えなかったことで、どうしても許せないところがあった」

 ということで、帰国の時に成田空港に着いた時点で、その気持ちが固まったということでの、

「成田離婚」

 という言葉だった。

 実際には、

「結婚するまで、処女だった」

 などということはあり得ないだろう。

 しかし、結婚するまで、何度も二人きりになることもあったはずなのだが、そこで分からなかったというのは、

「付き合っている時と、結婚してからでは、お互いに相手を見る目が変わってくる」

 ということであろう。

 だから、

「結婚するまでには、適度な交際期間が必要だ」

 と言われる。

 あくまでも、

「適度な」

 という言葉がつくのだが、それは、

「長すぎてもいけない」

 ということを示している。

「長すぎた春」

 ということで、結果、長く付き合っていて、

「あの二人が結婚するというのは、もう確定だな」

 と言われたとしても、気付けば、

「別れていた」

 というカップルも珍しくはない。

 それだけ、

「マンネリ化している」

 ということなのだろうが、

「結婚してから、本性が分かった」

 というのであれば、本当は手遅れなのだろうが、平成に入った頃から、成田離婚が流行ってくると、中には、

「とりあえず結婚してみて、ダメなら離婚すればいいわ」

 とばかりに、

「成田離婚ありき」

 ということで、

「結婚してみよう」

 という安易な考えおカップルもいたことだろう。

 考えてみれば、その方がある意味、

「傷口を広げない」

 という意味で、いいのではないだろうか?

 子供が生まれてしまうと、親権の問題や、養育費などを考えれば、なかなか離婚に踏み切るというのは、子供の教育という意味でも難しくなるだろう。

「成田離婚」

 であれば、

「戸籍が汚れる」

 という程度で、面倒なことはない。

 しかも、ブームということになれば、

「ああ、あなたも、成田離婚ね」

 というだけで、皮肉を言われたり、偏見で見られることもない。

 昔だったらありえないことを、最初は数人だったはずのものが、ここまで増えて、ブームになったということは、成田離婚の発想は今に始まったというわけではなく、昔から新婚旅行から帰ってきたタイミングでの離婚が頭にちらついた人は、一定数いたのではないかと思うのだった。

 あくまでも、昔は、体面というものを重んじていた時代なので、

「外見を重視」

 という考えがあったのも事実だろう。

 大谷は、子供お頃から両親から、

「身だしなみをキチンとしなさい」

 ということばかりを言われてきた。

 どうやら、

「身だしなみをキチンとしないと、人から舐められる」

 という発想だったようだが、大谷は逆を考えていた。

「身だしなみばかりを気にしていても、中身の人間がしっかりしていないと、却って舐められるんじゃないか?」

 と思ったからだ。

 ただ、両親の考えは、実は祖父祖母の考え方を完全に踏襲しているからであった。

 昭和の時代というと、

「ものがない時代」

 だったわけで、そんな時代で、しかも、金がなくて、高校にも通えなかったという祖父の時代であったのだが、

「恰好だけでも、表に出していれば。まわりは、尊敬してくれる」

 とでもいうような、明らかな時代錯誤の考えを、なぜか踏襲したのだった。

 そんな父親に反発するということからなのか、

「身だしなみ」

 というものに、まったく無頓着になってしまった。

「身だしなみを整えたって、中身がついてこなかったら、却ってバカにされるだけじゃないか?」

 と思うのだった。

「ボロは着てても、心は錦」

 などという流行歌が、昭和の時代にも流行ったというであないか?

 つまり、

「外見ばかりを見繕ったとしても、中身が伴っていないと、却ってバカにされる」

 というものだった。

 ただ実際には、

「身だしなみで身体を引き締めると、気持ちも引き締まって、服装にふさわしい男になろうと努力をする」

 というところであれば分かるのだ。

 しかし、あくまでも、身だしなみということを、説教するように、頭ごなしにいわれては、反発するしかないではないか。あまり頭を抑えつけるようにすると、子供が反発するということを、大人は気づかないのであろうか?

 そんなことを考えると、

「父親と、俺の考えを平均すれば、ちょうどいいところに落ち着くんだろうな?」

 と思うのだった。

 自分が大人になって子供に対して、どっちを望むだろう?

 結局、父親のような教育方針になるかも知れない。

 ただ、それも、

「自分が結婚して、子供が生まれて」

 というのが前提である。

 本当に結婚するかどうか、まったくの未知数であった。

 処女というものは、

「女性の節目」

 と考えるのは、今も昔も変わらないだろうが、結局、大切かどうか、いつ失うかどうかという感覚は、疑問とともに、次第に揺らいでいるものなのかも知れない。

 大谷という男は、今でいう、

「草食系男子」

 だった。

 平成の頃は、

「結婚しない男」

 というのが増えてきた時代であったが、最近になると、

「草食系男子」

 ということで、

「性欲のない男性」

 というのが増えてきたようだ。

 昭和や平成の頃にも、

「性欲よりも、女の子と一緒にいるだけでいい」

 という男性もいたし、年齢を重ねて次第に、性欲が少なくなってくる男性も少なくはなかった。

「紳士的」

 とも言われていた時代だっただろうが、今になると、それは、却って、

「気持ち悪い」

 と言われるようになってきていた。

 特に、性風俗のお店などでは、

「そういう人が増えると、お客が減る」

 と思っているスタッフもいたりして、切実な問題なのかも知れない。

 性風俗のお店というと、昔であれば、

「借金があるから、イヤイヤ働いている」

 という、まるで昔の、

「口減らし」

 のようなイメージが強かったが、

 今では、

「性欲が強いから」

 という女の子も増えてきた。

 普段は、

「昼職」

 をこなし、

「開いた時間で、風俗嬢になる」

 という女の子も少なくない。

 いや、今は、そっちの方が主流ではないかと思えてきた。

 SNSなども発達し、昔であれば、ネットのない頃などは、来店してから、受付で、パネルを見せられて、女の子を選しかなかったが、今ではネットのおかげで、

「ネット予約」

 もできたりする。

 しかも、女の子が、写メ日記なるもので、自分のことをアピールしたり、ツイッターに登録しておけば、双方からの会話も可能になったりする。それだけ、双方向側からの、アプローチが可能になったりするのだった。

 だが、

「メリットもあれば、デメリットもある」

 というのは、ネットで情報を発信することができるかわりに、匿名でいろいろな情報も流せる。

 その中には誹謗中傷の含まれていて、それによって、社会問題に発展したり、下手をすれば、病んでしまって、重度の躁鬱症になったり、自殺まで試みる人もいたりする。メリットとデメリット、このバランスが多いに問題なのである。

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