第38話 嫌いだ

 アウルはキスしながらジャスの顔を見つめた。


 憎しみの篭ったような険しい目と、明らかに快感を感じている赤く染まった頬は、アウルの加虐心を刺激した。


 アウルは唇を離した。


 ジャスは力が抜けたように布団の上にしゃがみこんだ。下を向いて荒くなった息を整えながら、この場から逃げようと体を背けるので、また魔法で襟首を捕まえた。


 思わずひっくり返ったジャスを、アウルは無理やり仰向けにして、両手をおさえつけた。


「やめろ。もうやめてくれ」

 ジャスは荒い息のまま、必死でアウルに訴えかける。しかしアウルは冷たい目のままだ。


「これくらいで何を言っている。まだキスを試しただけだ。契はもっと凄いぞ」

「ふざけるな!契なんて結ばない!」

「ふざけたことを言っているのはどちらだ」


 アウルはもう一度口付けをする。今度はすぐに舌をいれる。


 ジャスが酩酊状態になるやいなや、次は首筋、耳などを甘噛していく。媚薬の魔法を込めながら。


「はぁ、や、やだ、あっ」


 媚薬効果が発揮され、抵抗が弱くなっていく。あまり強く魔力を込めるとジャスの精神が壊れるかもしれないので少し加減をする。


「契るか?今ここで」


 アウルはジャスの耳元で囁くように尋ねた。ジャスはアウルの声だけで、ビクンと体を跳ねさせた。もう媚薬効果が相当身体を蝕んでいるはずだ。


「い、いや……だ」


 酩酊状態の顔で未だに抵抗の様子をみせるジャスに、アウルは小さく舌打ちをした。


「もう一度、聞くぞ。花嫁の契を結ぶか?イエスといえば、今よりもっと気持ちよくしてやる」

「きもち、よく、なんて」


 アウルはもう一度媚薬の魔力を込めながら首筋を舐める。ジャスはまた身体を震わせる。


「あっ……」


「どうだ?」


「契、結んで、ほしい」

 ぼやんとした顔で、ジャスはとうとう、そう言った。


 アウルはニヤリと笑った。

「ようやく素直になった」


 正気を失ってしがみついてきたジャスに、アウルは思わず口角を上げた。

「俺が好きか」


「嫌いだ」

 間髪入れずにジャスは答える。


 明らかに意地を張る余裕は無さそうなので、嫌いというのは本音だろう。


 アウルは忌々しげに舌打ちをした。その一方で、好きかと問うてしまった自分にも苛ついてしまった。


 ――アイツが俺のことを好きなはず無いだろうに。何をふざけたことを言ったんだ。


 そもそも好きでも嫌いでもどちらでもいいはずだ。


 つい、つい。しがみついてきたジャスを見て、多少混乱してしまったようだ、とアウルは思った。


 アウルはもう一度だけジャスが正気を取り戻さないように、深くキスをすると、ゆっくりと服を脱がし始めた。


 その時、ジャスが何かを言いたそうに口をパクパクさせてきた。


「何だ」

 手を止めてジャスの言葉を促す。


「……っかった……と」

「もっとハッキリ言え」

「少し、だけ、悪かった、と思って、る」

「は?」

「あ……あゆみ、…全然、歩み、よる、気が、無かったのは、ごめん……」


 ジャスはぼんやりとした目のままそう言うと、またアウルにしがみついた。



 だらしなく開けた口、焦点の定まらない目、赤く染まった頬、それと相反する拒絶の言葉と、絞り出すような謝罪の言葉……。


 アウルは急に冷静になって、ジャスの身体から手を離した。


「何で……」


 すがりつくジャスを無理やり引き剥がしたアウルは、立ち上がって冷たく言った。

「テメェの言うとおりにしてやるのも面白く無え」

「なん、で……そんな……」

「今日は寂しく一人でいるんだな」

 そう言い捨てて、アウルは部屋を出た。



 さっきまで必死にすがっていたジャスが、部屋から出てアウルを追いかけてくることはなかった。一人でいろと命令されて素直に従っているのか、それとも理性が戻ってきているのか。


 どちらでもいいが、とアウルは思い、自分も寝る支度をするのだった。眠れそうも無い、と思いながら。





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