第39話 人付き合い下手すぎ

 次の日、アウルが目覚めたのは昼過ぎだった。眠れそうもないと思っていたが、慣れない魔力の使い方をしたせいか、思ったより体が疲れていたようでぐっすり眠ってしまっていた。



 台所でコーヒーを飲む。ジャスが食事をした様子は無さそうだ。まだ部屋から出てきていないか、それとも逃げ出したか……。姉の事を放って逃げるとは考えづらいが、さすがに昨日はやりすぎたかもしれない。


 コーヒーを飲み終えると、ジャスの部屋に向った。ドアを開けようとしたが開かない。


 鍵がある部屋ではないので、内側から何かつっかえ棒のようなもので押さえているのだろう。


「無駄な事を」

 アウルは呟くと、指を動かして魔法でドアの押さえているものを寄せた。


 部屋の中から「クソっ」と声が聞こえた。


「テメェ、いつまで引きこもってるつもりだ。食事とれ」


「うるさい!!」

 部屋に入った途端、ジャスは枕を投げつけてきたが、アウルにはそういった攻撃は魔法のガードで一切届かない。


「顔も見たくない!この変態!」


「随分な言い様じゃねぇか」

 アウルは気にせず近づいた。よくよく見ると、ジャスは目を真っ赤にして泣き腫らした顔をしている。


「泣いてんのか」

「うるさいうるさい!当たり前だ!昨日、あんな……あんな……」

「気持ちよかっただろうが」

「ばかじゃねぇの!それよりも、僕は……僕はもう……」


 ジャスはなわなわと震えていた。

「僕はもう、アウルと契を結んで花嫁になっちゃったんだろ!」


「は?」

 アウルは思わず聞き返した。

「テメェ昨日覚えてねぇのか?」


「覚えてる!!僕が、アウルに、契を結んでほしいって言ってしまった事!覚えてる!」


「……その後は?」


「覚えてない。でも覚えていたくねぇよ」

 ジャスはそう言うと布団にうつ伏してしまった。


「おい、テメェ起きろ」

 アウルは布団にうつ伏して小さくなっているジャスを無理やし起き上がらせた。


「やめろよ。お前の顔なんて見たくない」

「よく聞け。まだテメェは俺の花嫁になってねぇ」


「え」

 ジャスは思わずアウルの顔をみた。


「え、だって昨日……」

「やる気無くしたからな。テメェのアホみたいな顔見たら」

「ア、アホみたいなって……。ってか、本当に?」

「ああ」


 ジャスは、はぁーと大きなため息をつくと、手で顔を覆った。

「よかったあー」


「そんなに安心されると気分悪い」

 アウルは文句を言うが、ジャスは無視をした。

「もう、人生終わったかと思った」

「そこまで言うのか」

「あ、でも昨日の屈辱は許してねぇからな!」

 ジャスが睨む。しかし、心配事が杞憂に終わった事で、少し晴れやかな表情に見えた。


「屈辱って、テメェも相当気持ちよさそうだったぞ」

「魔法で無理やりその状況に持っていったんだろうが。反則だ。もう二度とするなよ」

「する。契を結ぶときにする」

「それは……」

「なんだ、テメェ、契結ばねえつもりか。それは許さねぇぞ。こっちも、人生かかってんだからな」

 アウルがジャスに迫った時だった。


 ジャスのお腹が大音量でグーっと鳴った。


「先に飯を食え」

「あ、ああ」

 ジャスは顔を真っ赤にした。


 食事の準備をしている間、アウルは椅子に坐って何もせずにじっとジャスを見ていた。


「何だよ、見るんじゃねぇよ変態」

「テメェに頼みたい仕事があるから待ってるだけだ」

「何か違うことしながら待ってろよ」

「別に何をしようと俺の勝手だろう」

 何を言っても意味がなさそうなアウルに、ジャスはため息をついた。


「なあ。よく昨日あんなことしておいて普通にできるな」


「は?あんな事?」


「あんな、……変態なこと」

 ジャスは言いながら赤くなる。しかしアウルは一切動じていない。


「変態でもなんでもない。契を結ぶ時の練習みたいなもんだ」

「あのなぁ……」


「こういうのも、理解できねぇか?」

 アウルは急に立ち上がった。ジャスは思わず後退りする。


「やっぱり理解できねぇんだな」


「……できねぇ」

 ジャスは怯えていたが、アウルの目をしっかり見て言った。


「僕は、昨日怖かった」


「怖かったか」


「ああ。何か起こってるか分からなかったし、やめてくれと言ってもやめてはくれないのはわかっていたし」


「そうか」


 意外に、アウルはちゃんとジャスの話を真面目に聞いていた。


「俺は、昨日怒っていた」

 今度はアウルが、ジャスの目をしっかりと見て話しだした。


「俺は人付き合いが分からねえ。人間は勿論、魔法使いとも、クロウ以外とまともに付き合いができねぇ。それでも、一応テメェとはなんとかやっていこうと思ってんだ」


「……は?」


「それなのに、テメェは全然……!!ったく」

 アウルは舌打ちをして見せる。


「そんな、知らないし……」

 ジャスはそう言いながらも、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。


「そうだな。もう少し、僕達話をするべきだったかもな。理解するってそういう事だよな」

 話し合いもできないしな、とジャスが笑いかける。


「あ、でも昨日みたいな事無理やりすんのは本当にもうやめろよ!」


 ジャスは釘を刺すように言ってくるが、アウルは疑うかのように首を傾げながら聞いた。

「本当にやめてほしいのか?」


「当たり前だろ!」

「無理すんなよ」

「はあ?」

「魔法使いのキスを受けて、虜にならねぇ人間がいるとは思えねぇんだが。またすぐに欲しくなるはず」


 アウルの言葉に、ジャスは真っ赤になった。

「そんなもん、もういらねぇよ!!」


 意思が強いもんだな、とアウルは感心した。


「おい、欲しくなったらいつでもやってやるからな。そのまま契に流れ込む可能性もあるが」


「絶対にねぇよ!」

 ジャスはしつこいアウルに怒鳴りつけた。

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