第37話 理解してくれなくてもいい

 二人とも黙ったまま家に戻った。


 アウルは買ってきた食料品に保存の魔法をかけると、戸棚にしまうようにジャスに命じた。


「今日の分はそのままにしておくから勝手に使え」


 ジャスは肉の塊をテーブルに置くと、自分はのんびりと椅子に座り、コーヒーを飲みだした。

 ジャスはとりあえず自分の分の食事を作り始めた。


 アウルはジャスが料理をするのをじっと見ている。

 見られるとやりづらいのでどこかに行っててほしいとジャスは思った。


「何でそこそこ料理は出来んのに、調剤は下手なんだ」

 突然アウルは話しかける。ジャスはため息をついた。

「知らないよ。自分でも知りたい」

「料理するみたいにやればいいだろう」

「ちなみに、マリカは調剤はうまいけど料理はスープしか作れない。スープは美味しいけどね」

「ふうん」

「さて、できた」

 ジャスは出来たての料理を持ってテーブルに着く。


「おい、俺はいらねぇよ」

 目の前に置かれた皿をアウルは戻そうとした。しかしジャスはキョトンとした。


「ずっとそこにいて見てるから、てっきり食べたいのかと思ったけど」

「食事なんぞ何十年も食ってねぇよ。意味がねぇ」

 そっけなく言って皿を戻すと、自分はコーヒーを飲みだした。


 ジャスは呆れたような顔をして自分の食事を用意する。

「価値観合わねぇんだよな…」

 そうつぶやきながら食事を口に運ぶ。


「うっま!!」

 ジャスは思わず声を上げた。

「こんなうまい肉食べたことない……」


「だろう!」

 アウルは自慢気な顔をした。

「あそこの食料は最高級の品だ。食事は満足出来そうだろう」


 確かに、アウルの言うとおりだ。しかし、ジャスは違う感情が生まれていた。


「家族にも、食べさせてやりたい……」

「は?」

 思ったのとは違う感想が来て、アウルは思わず低い声を出した。ジャスは慌てて言い換えた。

「いや。こんな美味しい肉、一人で食べてるのがもったいないって思ってさ。誰かと美味しいなって言い合いながら食べたいって思って。それで、家族にも食べさせてやりたいって」


「はあ」

 アウルにはあまり理解出来ていないようだ。

「テメェの家にもやればいいのか?そうすれば大人しく花嫁になるのか?」


「違う。そういうことじゃないけど」

 ジャスは、もう苦笑するしかなかった。

「無理して理解してくれなくてもいいよ。価値観が違うのはわかりきってる。アウルに僕の気持ちは分からない」


 そう言ってジャスは食事を済ませ、片付けた。


 アウルは険しい顔で何かを少し考え込むようにしていた。



 その日の夜


 ジャスは寝る支度をして布団に潜り込んだその時、ドアをノックもせずにアウルが入ってきた。


「何だよ、何か用か」


「気に入らねぇんだよ」

 不機嫌な顔でそれだけ言うと、アウルはジャスの布団を剥ぎ取った。ジャスは慌てて起き上がった。


「何すんだよ!」

 怒るジャスをよそに、アウルは低い声で言った。


「テメェは何で俺に歩み寄らねぇ」

「は?」

「理解しようとしなくていいだと?」

「ああ、さっきの?だって、無理だろ?」


 そっけなく言うジャスの顎をぐっとつかみ、アウルは睨みつけた。

「テメェは一切俺に理解させねぇで花嫁になるつもりか?だったらこの期間は何だ」

「な、何だって云われても」

「俺は、テメェが花嫁になる決心がつくまで待てって言うから待ってやってんだよ。決心つけるために、少しは理解させようとか理解しようとかするもんだろ?」

「それは!」


 決心がつくまで、というのは単なる時間稼ぎだ。ジャスにとって、アウルと理解し合うつもりは一切無かった。


「何も歩み寄るつもりも、理解しようともしねぇなら、すぐに契を結んでも問題ねえよな」


 アウルは冷たい目でジャスを睨みつけた。



 やばい!


 本能で理解したジャスは、慌てて逃げようとする。しかしアウルはジャスの顎をしっかり掴んで離さず、そのまま後頭部を引き寄せた。


「体験してみるんだな。魔法使いのキス」


 氷のように冷たい声だった。


 ――

 恐ろしい、やめてくれ、と思ったのは初めの一瞬だった。


 アウルの唇がジャスの唇に触れた瞬間、頭が働かなくなった。


 ジャスは、ああ、これが酩酊か……と回らない頭でぼんやりと考えた。


 アウルは抵抗の無くなったのをいい事に、少し後頭部を抑える手を緩めた。そして唇の角度を変えて何度も口付けを繰り返す。


「やめ、やめてくれ……」

 唇が離れる少ない瞬間に、何度も弱々しい声でジャスは訴えた。

「ほん、と、に……あ、んぁ、ほんとうに…やめ、んん……」

 ジャスの声を無視してアウルは続けている。やめてくれとの口を開いた瞬間に、ジャスは口の中に舌の侵入を許した。


「ばっ!な、に!はぁ、む」

 思わず酩酊状態から理性で我に返ったジャスは強い力でアウルの顔を離そうとしたが、アウルの力の方が強かった。


 抵抗むなしく、ジャスは口内を舌で撫で回された。


 ――噛み付いてやればいいんだ


 ジャスは思ったが、深いキスをされればされるほど、力が入らなくなり、思考能力も低下していく。



 ――あれ?僕は何で拒否しようとしていたんだっけ?こんなに気持ちいいのに?


 ――何言ってんだ!早く抵抗するんだ!



 相反する気持ちがジャスを支配する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る