第32話 解呪はする

 次の日、ジャスはアウルのところへ戻る支度をした。


 約束どおり、マリカは沢山の漢方を用意してくれていた。


「本当は漢方茶なら私が淹れてあげたいけど、遠くに持っていくなら茶葉で持っていった方が保存も効くしいいわよね。ジャスには説明不要よね。風邪用とか、鎮痛成分があるお茶とか。よく眠れるお茶に、逆に気づけ薬としても使われる臭ーいお茶」

「うわ、これちゃんと密閉できてる?」

 こわごわとジャスは臭い茶葉の入った瓶を覗き込む。


「でもさ、よく考えたら、魔法使いの所に行くなら、こんな私達が使ってるような漢方茶なんてもしかしていらないかな?魔法で全部直せちゃうでしょ」

 マリカはふと寂しそうに言った。しかしジャスは大きく首を横に振った。


「まさか。絶対使うよ」

 体の調子が悪いときにアウルの世話になるなんてまっぴらだ、とジャスは思った。



「ああ、ジャスもう出かけるのか」

 シバが家の奥から顔をだしてきた。


「とりあえず気をつけて行くんだよ。マリカもずっと気にしてたから……ん?マリカ?」

 シバがふとマリカの異変に気づく。


 マリカの目がトロンとしている。しかし、先日見た誘惑の魔法とはなんだか違うようだ。


「どうした?マリカ?大丈夫か」

 シバがマリカを優しく揺さぶる。


 ふと、マリカが口を開いた。

『テメエが、マリカの婚約者か』


「は?」

 シバは、突然マリカから発せられた乱暴な言葉遣いにキョトンした。


『心配すんな。必ずジャスはマリカの魔法を解いて戻ってくる。迷惑をかけていて申し訳ない』


「もしかして、大魔法使い?」

 シバは、ジャスに同意を求めるようにたずねる。


「確かに、言い方はアウルだけど……」

 ジャスは困惑しながらも一応肯定する。


『マリカの解呪はする。ただ今は事情があって解呪できない。だからとりあえずジャスに薬を持たせた』


 マリカから発せられるその言葉に、シバは、パッと顔を輝かせていた。

「本当か?本当なんだな?」

『ああ』

 そう短く言うと、マリカはトロンとした目を閉じてパタンと倒れ込んだ。シバが慌てて支える。


 ジャスはその様子を見て、何も言わず、眉間にシワを寄せたままだった。


「ジャス?」


 シバに声をかけられ、はっとジャスは顔を上げた。


「どうしたの?なんか暗い顔してるけど」

「あ、いや。びっくりしただけ。アイツ、マリカに魔法かけて喋らせるなんて」

「ああ、驚いた」

 シバは、そう言いながらマリカを抱きしめた。


「でも言ってくれた。ちゃんとマリカを解呪してくれるって。なあ、聞いただろ?」

 嬉しそうに言うシバに、ジャスは慌てて笑顔を作って言った。

「うん、そうだね。僕もすぐ戻ってくるよ」

「待ってる。ちゃんと戻ってくるのを」


 シバは、マリカを抱えながら、にっこりとジャスに微笑んだ。


 


 村を背にジャスはまたアウルの住む森へ向って出発した。


 道中あの魔法について考える。


 あの、マリカに魔法をかけて言った言葉のおかげで、シバのジャスに対する心配が無くなったのは嬉しい事だ。ただ……。


「アウルじゃない」


 あの言葉はアウルの言葉じゃない、と確信していた。


「くっそ」


 あの言葉に救われた反面、イライラが募る。


 ジャスはなるべくゆっくりと道を歩いていった。




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