第33話 魔法の言葉
ジャスがアウルの住む森に戻ったのは、夕方近くになってからだった。
ふう、と大きく息を吸い込んで気合を入れて、アウルの家のドアを開けた。
「遅い!!」
ドアを開けた瞬間、アウルの怒鳴り声が出迎えた。
「テメェ、もう夜じゃねぇか!」
「ちゃんと帰ってきたじゃないか!」
ジャスも負けずに怒鳴り返す。
睨む合う二人の間に、まぁまぁ、とクロウが割って入ってきた。
「アウルは心配してたんだよ。夜にこの森を歩いたら迷子になるんじゃないかって。そして怖い魔法使いに誘拐されちゃうんじゃないかって」
「してねぇよそんな心配。勝手な事言うな」
「またまたぁー」
クロウはクスクス笑う。
そんなクロウを無視して、アウルは指を軽く動かす。するとジャスの襟首が見えない手に掴まれた様に引っ張られた。
「くそ、またこれかよ」
ジャスは忌々しげに言いながら、強制的にアウルの前に引きずられていった。もう魔法は使えるようになっているらしい。
「あの薬は効いたか」
「あー、効いた」
アウルの問いにジャスは短く答える。
「姉は薬が効いている間はすっかり元通りだ。それに、姉に魔法をかけて言ってくれた言葉のおかげで、婚約者も色々と心配しなくて済むようになった」
「魔法?言葉?」
アウルはぽかんとしている。やっぱりか、とジャスが呟くと、今度はクロウに向き合った。
「やっぱり、アウルじゃない、クロウだね。あの空飛ぶ人影もクロウだったんだ」
「おや?」
クロウはニヤッと笑ってみせた。
「どうしてアウルじゃないって思ったの?」
「だって、アウルは全然悪いと思ってないからな」
「何がだよ、てかテメェら何の話してやがる」
話がよくわかっていないアウルを無視してジャスは続ける。
「アウルは姉に誘惑の魔法をかけたことを一切悪いと思ってないだろ、『迷惑かけて申し訳ない』なんて違和感だらけだ」
「ああ、悪いことなんてしてねぇよ。迷惑かけた覚えもねぇよ」
「迷惑かかってるけどね」
アウルの相槌にジャスは少しドン引きの顔で言った。そしてさらに続ける。
「あと『必ず――戻ってくる』っていう言葉なんて嘘でしょ。花嫁にするつもりなんだから戻すつもりもないだろ」
「とりあえず安心させるために嘘言っただけかもよ」
クロウは言うが、ジャスは首をふる。
「アウルは気遣いできるような人じゃない」
「テメェ、俺の事分かってんじゃねぇか」
アウルは嬉しそうに言う。なぜ嬉しそうなんだとジャスは訝しがる。
反面、クロウはつまらなそうな顔をしていた。
「ふーん、まあ、でもよかったでしょ?皆安心してくれたよね?」
「まあ、うん」
ジャスは渋々頷いた。
「確かに、あのまま戻るのは少し心苦しかった。あれで婚約者も安心してたから、それはとても助かったというか……」
ブツブツ小声でジャスは仕方なく言う。
「どうも、俺の知らないとこで勝手に何かやってくれたらしいな」
アウルは腕組をしながらクロウに言う。
「まあ、よくわかんねぇけどジャスが助かったっつーなら何か上手いことやってくれなんだろうが。ただ、何で黙ってやるんだよ」
「アウルに言ったって、勝手にしろって言うじゃん」
クロウの言葉に、図星らしいアウルは何も言わなかった。
クロウは曖昧な笑顔を作ると、小さな荷物を持って言った。
「じゃ、ジャス君も帰ってきたことだし、俺も帰るよ」
「ああ、待て、持たせるモンがあるから。発注のあった電気宝石、すぐ魔法籠めて渡してやるから持っていってくれ」
そう言ってアウルは自分の部屋に入って言った。
「どういうつもりだよ」
アウルが部屋に言ってしまったのを確認してからジャスはクロウに言った。
「何が?」
「あの言葉だよ。マリカに言わせた」
「ふふん、俺ね、人に自分の言葉喋らせる魔法得意なんだ」
「そういうことじゃなくて」
のらりくらり誤魔化そうとするクロウに、ジャスは少し苛立った。
クロウは肩をすくめた。
「どういうって、ジャス君が安心してここに帰ってこれる為じゃん」
「だからだよ。アウルに僕を諦めさせて別な子探してあげたいって言ってたじゃないか。時間が無いんだろ?どちらかって言うと、僕がここに戻らない方が、諦めさせやすいじゃないか。なんであんな事言ったんだよ」
ジャスは少しクロウに睨んでみせる。クロウは全く動じもせずに微笑んでみせた。
「ああ。ちょっと、予定変更かな」
「は?」
「ふふ、ちょっと考えが変わったんだ。大丈夫、俺はジャス君の味方であることには変わりないよ」
「え、ちょっと待って。なんだよ予定変更って」
ジャスがクロウに詰め寄った時、アウルの部屋の方から「クロウ来い、手伝え」と声がかかってこの話はおしまいになってしまった。
結局、アウルから電気宝石を受け取るとクロウはサッサと帰ってしまった。
「何なんだよ……」
ジャスはため息をついた。
クロウが帰ると、ジャスはまた自分に割り当てられた倉庫代わりの部屋に行き、荷物を解いた。
どれ位ここに住むことになるかわからないが、少し住みやすく片付けさせてもらってもいいだろう、と思い、ジャスは部屋を片付けることにした。
アチラコチラに散らばっている見たことも無い道具や、怪しい色をした薬品を、部屋の隅によせ、ほぼ使われていない棚に片付けていく。
棚に空きもあるので、そこに自分の荷物を詰めていく。
「おい、引きこもって何してんだ」
部屋にアウルが入ってきた。見違えるように片付いた部屋をみて、目を丸くした。
「すげぇな。後でまたあっちの部屋も頼めるか」
「あっちって前に片付けた部屋?まさかもう散らかったわけ?」
「きれいな状態なんか1日保ったことねぇよ」
「自慢すんなよ」
ため息をつくジャスをよそにアウルは棚に置かれた荷物を見る。
「これ、マリカ用意した茶葉だな」
アウルはそっと宝物でも持つような丁寧な手付きで、棚に置かれた茶葉の瓶を一つ掴む。マリカが出かけるときにジャスに持たせた漢方茶だ。
「わかるのか?誰が作ったかなんて」
「ああ。見てみろこの茶葉。美しい。魔法でやってもなかなかここまでいかない。だからといって美しさ優先でなく、抽出したときによりよく成分の出るやり方だ。これができる者に魔法調剤をやらせたら、多分上手くやれるだろう」
アウルは見たことも無いうっとりとした表情で茶葉を眺めている。
「これはテメェに合わせた調合だな。少し通常のものと違う。手間がかかる、丁寧な調合だ」
「そうなんだな」
「なんだ、自分の姉のモンなのに知らねぇのか」
少し小馬鹿にされたような感じを受けて、ジャスはムッとする。
「ずっとこれしか知らないからな」
「幸せもんだな」
アウルは静かに笑うと、ジャスに茶葉を返す。
「いつでも構わないからあっちの部屋の片付けもよろしくな」
そう言ってアウルは部屋を出ていった。
「あいつ、もしかして本当にマリカが好きだったのか」
いつもとは全く違うアウルの顔に、ジャスは呆然と呟いた。
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