第30話 自分の家にかえるのは億劫
次の日の朝、ジャスは早起きをしたつもりだったが、シバはもっと早く起きていた。大工であるシバは、朝からひと作業終えてきたのだ。
「お、ジャス早いね」
「シバも相変わらず」
「さて、そろそろマリカが起きてくる頃だ。昨日貰った魔法薬を飲ませる準備でもしようか」
シバに促されてジャスは小瓶を取り出す。
確か、一滴程で1日分だと説明された。ジャスは一滴を一杯のコップの水に溶かした。
「ふと思ったんだが、これは本物だよな?」
突然シバはそういう。
確かに、本物だという保証はどこにもない。しかしジャスはハッキリと答えた。
「大丈夫だよ」
アウルが言っていた「マリカをキツイ目に合わせたい訳じゃねぇ」というのは本心のはずだ。なんせ食事をしないと怒ったり、火傷してないかと人を裸にしようとしたり、見知らぬ人に高価な治療薬をも渡す男だ。
「大丈夫。そういう騙しはしない人だ」
「ジャスが言うならそうなんだろう」
シバはそうニッコリすると、マリカを起こしに行った。ポヤーっとした顔で起きてきたマリカにコップを渡す。
「ね、これはアウル様からマリカに飲んでほしいって貰ってきたお薬だよ」
「わあ、アウル様が私に?嬉しい」
マリカはうっとりとした表情で一気にコップを飲み干した。
マリカの体が一瞬光った。
「マリカ?」
恐る恐るシバが呼びかける。
「シバ?ああ、私なんかすごく長い夢を見てた気がする……」
マリカがそう言ってシバに近づく。
「マリカ、今どこかに行きたいかい?」
「どこかって?」
「僕以外の男の所に」
「ううん、まさか。ああ、そうね……。私この数日、どこかに行きたがってたわね……。どこに行きたかったんだっけ?」
首をかしげるマリカを、シバは抱きしめた。
「思い出さなくていい。思い出さなくていいよ」
「よかった」
ジャスは二人の様子を見てホッと息をついて呟いた。
「ジャス、ありがとう」
少し落ちついた様子のシバがジャスに言った。
「一時的に薬で抑えているだけなのかもしれないが、これで精神的にマリカも僕も楽になった」
「うん、よかった。一瓶にはいってる量で、どれ位の期間持ちそうかな」
ジャスは瓶を持ち上げながら目測してみる。
「そうだな…ニヶ月分くらいはありそうだが…三ヶ月はもたなそうだな」
「あーやっぱりか」
ちゃんと計算して量を渡したな、とジャスは内心歯ぎしりをした。
アウルにとってのタイムリミットである三ヶ月以内に、花嫁になる決心を固めろと言う事だろう。
ジャスは思わず大きなため息をついた。
「ところでシバ、うちの親とか村の人から変なこと言われてない?」
ふと、ジャスはたずねた。
両親もアウルに都合の良い様に催眠魔法をかけられているようで、どうにかしてマリカをアウルの所にやろうとしている。
ジャスが家を出る前は、ただただうざったかっただ。もしかしてシバに嫌がらせなどしていないだろうか。
「大丈夫だ。わざわざこっちに来てまで何か言ったりはしない。村の人だって、ちゃんと事情は知っているからむしろ同情してくれている」
「良かった。心配してたんだ」
ジャスはホッと息を吐いた。
「ご両親とは会っていかないのか?」
シバの問いに、ジャスはあからさまに億劫な声を上げた。
「だって、会ったらずーーっと、マリカをアウル様のところへ連れて行けみたいに言われるんだよ。怖いっていうか……」
「そうか。まあじゃあしばらくジャスもここにいればいい」
優しいシバの言葉に甘えるように、ジャスは頷いた。
その後シバは、薬が効いているもののまだ少しぼんやりしているマリカを寝かせてから、再度仕事へ行った。
ジャスも、一旦自分の家に向かった。両親にバレないように自分の部屋へ向かい、着替えの交換をしたり、必要になりそうな物を鞄に詰め込んだりした。
部屋を出ると、ふと誰かに見られているような視線を感じた。周りを見渡した瞬間、大きな影が鳥のようにサッと飛び立つのが見えた。明らかに鳥や動物ではなく人型だった。
「魔法使い?」
空を飛ぶ人なら魔法使いだろうか。
「意外に身近にいるのかな、魔法使いって」
だとしたら、1人くらい善意で解呪とかしてくれる魔法使いはいないだろうか、と都合のいい事をぼんやりと考えたが、甘い考えだと思い直し、ジャスは頭をブルブル振るのだった。
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