第20話 これを宿泊代に



 次の日、ジャスは早くに起きて、オーブに向かって説明していた。

「もしこの薬がなくなったら、この草の根を煎じて飲ませて。薬無いよりましってレベルだけど一応吐き気止の成分があるだから」


 ジャスの説明をオーブはメモを取りながら必死に聞いていた。


「一泊のお礼、僕にできるのはこれくらいだから」

「ありがとう。助かる」

 オーブがお礼を言ったその時だった。



 オーブの家のドアが勢いよく開いた。


「テメェ、こんなところにいやがったか」

 現れたのはアウルだ。無表情に部屋の中を見渡す。


「ちょっと、なんでここに……てか鍵かかってなかった?」

 驚くジャスを無視するようにアウルはズンズンと部屋の中に入っていく。

「全く、勝手にうろつきやがって、どこに行ってたか心配したんだぜ」

 アウルはジャスには近づき、気持ち悪い作り笑いを浮かべた。


「いや、お前が僕を置いていったんだろうが」

「ここに泊まってたんだな。全く、勝手なことしやがって」


 アウルはジャスの事をまるっきり無視して話を進める。そしてオーブに向かって不自然な笑顔を向けた。

「悪いなぁ、俺の連れが勝手な行動で迷惑かけたな」


「あ、いや。そんな事は。あの、昨日は…」

 オーブは昨日の事を謝ろうとして、頭を下げかけた。しかしアウルはオーブの事も無視して話を続ける。


「アイツが勝手にここに泊まったから、宿泊料払わねぇとだな」

「いや、あの、大丈夫それは」

「あー、でも持ち合わせに余裕がねぇ。困ったなぁ」

 全く困った顔をしていない。むしろ棒読みだ。


「金ねぇから、金目のもんでもいいか」


「あ、あの…」


 アウルはカバンから小さな瓶を取り出した。昨日の治療魔法薬だった。オーブはそれを見て息を呑む。


「これを宿泊代にさせてもらう」


「……!これ…」


「宿泊代だ。施しじゃねぇからな。その薬は最高級品だ。一瓶飲めばどんな大病でも治る。つまり、単なる栄養失調症なら10分の1くらいの量で治るだろう」

 そう言って瓶をテーブルに置いた。

「くれぐれもその薬は単品で使えよ。魔法と一緒に使ったらねじれを起こす。まあ、もうこの貧乏村に魔法使いが来ることはねえだろうがな」 

 アウルは冷たい顔をしながらも、しっかりと説明した。


「さあ、ジャス行くぞ。今日は忙しい。こんなところで油売ってる暇ねぇ」

「わ、わかった」

 ジャスは慌てて、オーブの家から出ていくアウルの後を追った。


「ま、まって!」

 外に出たアウルとジャスに、後からオーブが叫んだ。


「あの、ありがとう!」


 オーブは土下座する。


 アウルは険しい顔をしてオーブを乱暴に立たせる。

「やめろ、気持ち悪いことすんじゃねぇ。あれは宿泊代だっつってんだろ」

「でも、私の気が収まらない…」

「テメェの気なんてどうでもいい」


 アウルは立たせたオーブを、そっけなく付き離す。そして不自然に

「ああ、そうだ」

 と言い、オーブとは目も合わせないで話しだした。


「あの薬は最高級品だ。少量であらゆる病を治し、売ればかなりの額になる」


「は?」

 オーブは急に何の話かとポカンとする。


「独り言だ、黙って聞いてろ」

「あ、うん」

「つまり、それを資金源に村を出るのも、その薬で人を掌握して村の偉い立ち場になるのも、自由だ」

「……自由…」

「まあ、別に偉い立場なんかなりたかねぇだろうけどな」


 それだけ言うと、またアウルはオーブに背を向けてサッサと行ってしまった。


 ジャスは慌ててその後を追った。



「村に不満なら、自分でなんとかしろってことね?その材料もくれたんだわ」

 アウルの小さくなる背を見つめながら、オーブは薬の瓶を抱きしめた。




「アウルが言ったような繊細な駆け引きを、あの鉄砲玉みたいな彼女ができるとは思えない」

 一部始終を遠くから見ていたクロウは、肩をすくめる。

「まあ、でも、人間の可能性は無限だからね。意外に何年かしたら、彼女が村長になってたりしてね」

「どうかね」

 アウルはもう興味を失っているようだ。


「それにしてもおせぇなぁアイツは」


「アウルが早いんだよ」

 ハアハアと息を切らしてジャスが追いついてきた。

「それにしても、お前いいやつだったんだな」

「は?」

「いや、さっきの薬の」

「そんなもん、テメェらにバカにされたから俺の気が収まらなかったからな」

「意外に気にしてたんだ……」

 ジャスは少し拍子抜けした。クロウは二人の間に入って、パンパンと手を叩いて言った。


「ま、アウルの気も晴れた事だし、サッサと本題の仕事に向かうよ」




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