第13話 花嫁の為に

 ※※※※

「やっぽう!準備はできてるかな!?」

 翌朝、元気な声でクロウがアウルの家に勝手に突入してきた。

 仕事の手伝いの為に、朝早くにやって来たのだ。


 アウルは眠そうな顔をしながら大きな鞄に次々に色んな瓶を詰めていた。

 ジャスも素直に手伝っている。


「あら、意外に仲良くやってんのね」


「仲良くねえよ。あんまりにも荷物の詰め方が乱雑過ぎて見てられなかったんだ。もっと減らせばいいのに」

 ジャスはムスッとしながら鞄の紐を引っ張っていた。


 クロウは苦笑いした。

「うちのアウルが申し訳ないね。いつもは俺が手伝ってたんだけど。朝ごはん食べた?」

「俺はコーヒーを飲んだ。でもコイツはまだ食ってねぇ」

 アウルは不貞腐れながらジャスを指差す。

「後で食べるよ。今度はちゃんと火を通すし」

「何いってんだよ。テメェも来るんだよ」

「は?どこへ?」

「仕事現場に決まってんだろ」


 アウルはそう言ってジャスにさっきの大量の荷物が入ったカバンを投げてよこす。思わず慌てて受け取った。


「僕が行くなんて初耳だけど!」

「荷物持ちだ」

「自分で持てよ」

「お前がいるのに活用しなくてどうする」


 活用って!とジャスは憤慨する。


「拒否権はねえからな。さあサッサと準備しろ」

 アウルはそう言ってジャスにパンを投げてよこす。


「……これはいらない。自分で持ってきた保存食まだあるから」

 ジャスは一応受け取ったパンを静かに返した。アウルはまた険しい顔で文句を言おうとしたが、それを遮るようにクロウが脳天気な声でたずねる。


「えー、ジャスくんパン嫌い?」

「そういう訳じゃないけど」

「食べた方いいよー。このアウルの用意したパンね、王室御用達の高級パンなんだよ~」

「そんなの尚更……」

 尚更食べられない。そんな大切な花嫁の為に用意されたようなものなど。


 ジャスが黙ってしまったのを見て、クロウは優しい声で聞く。


「どうした?お兄さんに話してごらんよ」


「それは、俺の為のものじゃない」


 ジャスは、アウルに聞かれないように小さな声で呟いたが、クロウにはちゃんと聞こえていたようだ。そして察しがいいようで何を言いたいかもなんとなく分かったようで、クスリと小さく笑い、笑顔で言った。

「考えすぎだよ」

「それは花嫁の為に大事に用意されたもんだ」

「だから考えすぎ。意外にジャスくんロマンチストなのかな」



「おい、テメェらだけで話すんじゃねぇよ」

 しびれを切らしてアウルが二人に声をかける。しかしクロウが意地悪そうな顔をしてみせる。

「デリカシーの無いヒトは少し黙っててくださいね。今大事な話してんだから」

「なっ!」

 アウルは思わずキレかけたが、クロウの少し真面目な目を見て、逆らわないほうがいいと判断したらしい。ブスッと黙ってそっぽを向いてしまった。



「あのね、本当に花嫁の為に心込めて用意するなら……俺なら例えば、マリカちゃんの好物とか調べてそれを用意しちゃうかなー。でもアウルは、とりあえずパンなら腹も膨れるし誰でも食うだろ、そんで高級なもんなら文句ねぇだろ、位の気持ちで用意してると思うよ」

 アウルの口調のマネをしながらクロウは説明する。


「誰かの為に気持ちを込めて、なんて無い無い。ほら、食べないなんて勿体ないよ。美味しいのに」


 それを言われるとちょっと考えてしまう。確かに昨日無理やり詰め込まれたパン、美味しかった。



 結局、昨日あんなに決心したのにクロウの言葉に流されてしまいそうだ。


「ま、じゃあとりあえず持っていきなよ。お弁当代わりに。あんまり長々話してると、アウルが機嫌悪くなっちゃうしな」

「もう充分悪くなってる気はするけど」

 ジャスは、苛ついたように足を揺らしているアウルを見た。


「ごめんねー、もう話終わったからー」

 明るくクロウが声をかけると、アウルはギロリとこちらを睨んだ。


「終わったならサッサと準備するんだ」

 アウルはジャスの方は一切見ずに淡々と命令すると、自分は荷物も持たずに先に家を出てしまった。



「ありゃ、完全に不貞腐れちゃってるね」

 クロウは肩をすくめた。


「ま、あんまり気にすることないよ。アウルは考える事苦手だからすぐに忘れるよ」

 そんなことより早く準備してーと言われ、ジャスは急いで出かける準備をした。


 そして、アウルの分の大きなカバンと自分の小さなカバンを持った。


「お、重……」

「あら、アウル、荷物軽くする魔法かけ忘れたのかな?」

「……絶対にわざとかけてないと思う…」

「そうかもね」

「あの、クロウ、その、荷物軽くする魔法、かけてくれないか?」

「え?俺に頼むと高額だけど払える?」

「……いや、じゃあ大丈夫です。くっそ」


 ジャスはヤケクソになりながら大荷物を持って外に出た。




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