第9話 食うもん用意するのは当たり前
遅い朝食を終え、恐る恐るジャスはアウルの部屋に向った。
別に自分が全部悪いとは思っていない。
ただ、明らかにアウルを怒らせたままでいるのはあまり気持ちいいものではない。
静かに部屋のドアをノックしてみる。
何も反応はない。恐る恐るドアを開けてみる。
中では床一面に広げられた羊皮紙の束の中で、アウルが何かを一心不乱に描いていた。
「何の用だ。俺は忙しい」
「あ、悪い」
今はタイミングが悪そうだ。ジャスが部屋のドアを開閉めようとした時、強い力で胸ぐらを捕まれる感覚があり、ズルズルと引きづられてアウルの前に座らされた。アウルがジャスに魔法を使ったようだ。
「何の用だって聞いてんだろ。何で逃げんだよ」
「いや、別逃げようとしたわけじゃねぇって。今は忙しそうだから後でと思って……」
「あとでも忙しい。今要件を言え」
アウルが作業しながら問いかける。
ジャスは、ふう、とため息を一つついて言った。
「台所の使い方教えてほしい」
ジャスの言葉に、一瞬アウルは作業の手を止めた。
「水は『湧け』、火は『点け』と念じるだけでいい」
それだけ言うと、また作業に戻る。
「ああ、やってみる」
ジャスはそう応えて、部屋から出ていこうとした。
が、ふと、気になってたずねた。
「お腹空かないのか?」
「は?」
「いや、さっきコーヒーだけしか取ってなかったし」
「問題無え。俺の調合した魔法薬詰め込んで完全栄養食にしているコーヒーだ。いつもこれで足りる」
不健康そう!とジャスは思ったが、自分達人間の常識を当てはめるものでもないのだろう、と黙った。
そして更に疑問に思った。
「いつもコーヒーしか取ってないなら、どうしてパンが常備されてたんだ?さっき台所の棚に入ってるのが見えたけど」
「は?花嫁迎える予定だったんだ。食うもん用意しとくのは当たり前じゃねぇか」
事も無げにアウルが答える。
「栄養取れりゃいいって話でも無ぇんだろ?見た目、味、食いごたえがどうのってあんだろ?ここはコーヒーだけしかねぇのかよって不満言われちゃ敵わねぇしな」
「……意外に考えてたんだ。花嫁のこと」
「当たり前だ。俺の花嫁になるなら後悔はさせねぇ」
アウルは真面目な顔でジャスの目を見つめた。
無神経で身勝手な恐怖の大魔法使いだと思っていたのに。ジャスは困惑しながらも「そうなのか」とだけ言って、部屋を後にした。
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