第10話 サッサと脱げ

 ジャスが部屋から出ていったのを確認すると、アウルはふとため息をついて羊皮紙を置いた。


 わからない。


 人間と一緒に暮らすということがわからない。


 アウルはは自分の手を見つめた。


 さっき外でジャスの腕を掴んだら、物凄い勢いで拒絶された。なので今度は手を使わずに魔法でこちらに引きづって見たら、そこまで嫌がられなかった。


 触られるのが嫌なのか?


 だとしたら困った。触らずに契を結ぶことは出来ない。


「慣れさせるしかねぇな」

 そうアウルが決心した時だった。



「ウワァ!」


 バンッという強い音と、ジャスの悲鳴が聞こえた。


「早速失敗しやがったな」

 アウルは全く焦ることなく、ゆっくりと部屋から出た。



 台所を見ると、完全に何か爆発したような惨劇と、びしょ濡れになったジャスが呆然と立っていた。


「あの、その……ごめん……」

 ジャスは驚くほどしゅんとなっている。

「言われたとおり、こう、念じてみたんだけど……」

「ふん、人間が簡単に出来るとは思っていない。おおかた火が強くなりすぎて、慌てて水出したら今度は水が洪水になったんだろ」


 さらに、近くにおいてあった魔法薬の瓶も割れている。これで軽く爆発をおこしたのだろう。


 アウルは指を軽く動かして魔法を唱え、サッサと台所を綺麗にする。


「別に謝る必要性なんか無え。片付けなんか一瞬だしな」

 アウルはそう言ったが、ジャスはバツが悪そうだ。


「そんな辛気臭ぇ顔してないで、サッサと脱げ」

「え?」

「服、濡れてんだろうが。人間はすぐ風邪ひくからな」

「あ、ああ」


 ジャスは言われて、自分がびしょ濡れなのにようやく気がついたようだ。


 慌てて服を脱ごうとしたが、すぐに止まった。アウルが睨みつけるようにじっとこちらを見ていたのでいたたまれなくなったようだ。


「あー。僕部屋に着替取りに行かないと」

 そう言って、自分の荷物が置かれている部屋に行こうとした。


 しかし、アウルは魔法を使ってジャスの襟首を掴んで止めた。目の前には既に着替を用意してある。


「そんなもん取ってきてやった。おら、サッサと着替えろ」

「わ、わかったから、ちょっと、そっち向いてろよ」

「なんでだよ。生娘でもあるまいし、恥ずかしがるモンでもねぇだろ」

「逆になんでそんなガン見してんだよ!」

「見てぇだろうが!」

「はぁ!?」

 ジャスは思いがけない返事に声がうらがえってしまったようだ。


「人間なんて、ほぼ関わってこなかったからな。どんなもんなのか見てぇだろうが」

「お前ら魔法使いと、そんな変わんねぇよ!多分!」

「それに、俺の花嫁だ。いずれ契を結ぶから事前に見といた方がいいだろ」

「変態かよ!てか、まだ花嫁じゃねぇ!……つーか今後もなるつもりねえけど……」


 アウルにはジャスの言葉の後半が聞こえなかった。


 ジャスは口尖らせてみせる。

「そういう目で見るなら着替えねぇ」


「ああ、わかった。仕方ねぇなあ」

 アウルはまたニヤニヤした顔をしてみせ、しゃがみこんでジャスに顔を近づける。


「このままじゃテメェは風邪引いちまうなぁ?弱っちまったテメェを、俺は手厚く看病してやらねぇとな。人間の扱いなんてわかんねぇけど、大事に大事に看病してやるよ。弱って抵抗出来ねぇテメェをなあ!」

「……!」

「嫌ならサッサと脱げ。それとも脱がせてほしいのか」

「やめろ。自分でやるよ!」


 ジャスの仕方なく服を脱ぎ捨てた。


「あんまり俺たちと変わらねぇな」


 つまらなそうに言うアウルに、だからそう言ったろ!とジャスは食って掛かる。

 まじまじと見られる前に、と急いで着替を手に取る。


 すると、アウルはぐっとその手を押さえつけた。


「何だよっ」

「ちゃんと見せろ」

「やだよ変態!」

 ジャスは慌てて言う。


 しかしアウルはジャスを無視して、じっと体を見る。

「お、おいって!」

 黙ったままのアウルに、ジャスは怯えているようだ。


 しばらくすると、アウルはあっさり手を離した。


「火傷は無かったな」

「……え?」


「爆発が聞こえたからな、一応」

「火傷してないか診ていた?」

「ああ。なんだ、期待でもしたのか?」


「違う!」

 ジャスは真っ赤になった。そして急いで替えの服に着替えた。



「さて、もう一度やってみろ」

 着替えを確認すると、アウルはそう言って、台所を指さした。


「もう一回って、火を使うの?」

 ジャスは正直尻込みしていた。

「またびしょ濡れにさせるかも……」


「火を使えるようにすんのは必須だっつったろ」

「わかったよ!」

 もう一度台所を見つめてみる。ぐっと念じてみようとした時、待て、とアウルが制した。

「んな気合入れてやんじゃねぇよ。また猛火になるぜ。もっと、ちょっと火ぃ借りさせてくれ、っていう軽い感じで念じてみな」

「はあ」

 言われたとおり、少し力を抜いて念じてみる。


 すると、今度は一瞬強い火柱が上がったがすぐに小さくなった。鍋を乗せるのには少し強すぎるが、まぁまぁな火力の炎だ。


「できた!」


 ジャスは思わず嬉しそうな顔を見せた。


 アウルは出た炎を観察し、ふん、と軽く鼻を鳴らした。

「まぁ、はじめはこんなもんだ。何度もやって慣れろ、いいな」

 それだけ言うと、サッサとまた部屋に戻っていった。

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