第8話 人間の扱いなんて
結局その日は、アウルの家の倉庫代わりになっていた一部屋を割り当てられてジャスは眠る事となった。
正直、こんなところに黙っているより、村に逃げ帰って、マリカに強い刺激を与える方法を取った方がいいのではないかとも考えたが、それで解呪できなかった場合に、アウルの機嫌を損ねているのもうまくないと思い、とどまった。
それに―――
ジャスは昨日付けられた腕輪を見つめる。
この腕輪、魔法使いが取り付けたものなら、逃げ出さないように何らかの術がかけられている可能性が高い。それがなんだなわからないうちは変に動かない方がいい。
そう思って大人しく与えられた部屋で寝たが、正直とても良く眠れた。
暖かな部屋だったのでぐっすり熟睡してしまったのだ。
次の日、起きると空はとても明るかった。かなりの寝坊をしてしまったようだ。
恐る恐る部屋を出る。
しかし誰もいない。
ふと、アウルが寝ている寝室を覗いてみると、まだ寝ているようだった。
グーっとお腹がなった。
何か食べる物を、と思ったが、勝手に家を漁るのは抵抗がある。なので自分で予め持ってきた保存食を開ける。
あとは、何か食べられる野草でも取ってこよう。そう思ってジャスは外に出た。
日差しがかなり眩しい。
村にいた頃は薬草の採取をよく行っていたので、野草には詳しい。
鼻歌を歌いながら、いくつかの食用の野草を取ったり野苺を見つけて取ったりしていると、夢中になってしまっていたようだ。
「おい」
突然話しかけられてジャスはビクッと飛び跳ねた。後ろに不機嫌そうな顔をしたアウルが立っていた。全く気が付かなかった。
「何してんだよ。家にいねぇから逃げたかと思ったぞ」
「いや、朝食探してただけだ。別に逃げやしねぇよ」
「ふん、食うもんなら家にある。別に勝手に食っていい。あの家はもうお前の物でもあるんだしな」
「いや、あそこは他人の家だ。僕の家じゃない」
「往生際が悪いやつめ。まぁいい、帰るぞ」
アウルはそう呆れたように言って、ジャスの腕を掴む。ジャスはその手をすぐに振りほどいた。
「捕まえておこうとすんじゃねぇよ!逃げねぇって言ってるだろ」
アウルは一瞬困惑したような表情を見せたが、すぐにジャスに怒鳴り返した。
「別に捕まえておこうだなんて思ってねぇよ!」
「掴まなくてもちゃんと家行く!」
「ああそうか!悪かったな!人間の扱いなんてわかんねぇからな!」
アウルはそうキレるとさっさと先に行ってしまった。
――言い過ぎたか?
一瞬ジャスは思った。
ふとさっき見せた本当に困惑したようなアウルの顔が脳をよぎった。
家に戻ると、不貞腐れたような顔のアウルがテーブルに肘をついて座っていた。
指を軽く回すと、キッチンの方からコーヒーが飛んできて、それをアウルは一人で黙って飲む。
ジャスは黙って、先程採取し小川の水で洗ってきた野草と野苺をテーブルに持ってくると、開けておいた保存食と一緒に食べようとした。
「おい、それ生で食うやつか」
ジャスの野草をみてアウルはたずねた。
「……生でも、食べれる」
「俺の記憶が正しければ、そいつは生じゃ苦くて食えたもんじゃなかったと思うが」
「でも、食べれることは食べれる」
ジャスは意地になって答えた。
「ほう」
アウルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、突然近寄り、ジャスの顎を掴んで無理矢理口を開かせた。そして野草を掴んでその口に多めの量を突っ込んだ。
「な、何っ、うぇっ」
ジャスは口に広がる苦味と量の多さに、盛大に野草を吐き出してしまった。
「あーあー、勿体ねえなぁ」
ニヤニヤしながらその様子を眺めるアウルを、ジャスは睨みつける。
「どういうつもりだよ」
「テメェこそ、いつまでそうしてるつもりだ」
アウルはジャスの吐き出した野草を、魔法を使ってキレイに片付ける。
「鍋も火も、俺からは借りたくねぇってか?どう考えても調理が必要なモンを、わざわざ生で食って見せやがって。嫌がらせか」
「いや、別にそういう訳じゃ…」
ジャスは思いがけずまともな反論を食らって少し戸惑った。アウルは続ける。
「テメェがなんのつもりか知らねぇが、まともな食事もしねぇで弱ったりすんのは許さねぇからな」
そういう言うと、ジャスの目の前にパンが飛んできた。
「食え、残すんじゃねぇぞ」
アウルはジャスの口にパンを無理やり押し付ける。
「わ、わかった。苦しいから、自分でたべるから」
ジャスは慌ててパンから口を離した。アウルは怒った顔のまま続ける。
「台所も使え。魔法がかかってる台所だから人間には慣れるまで時間がかかるだろうが、使い方も覚えてもらうからな!魔法薬の調合の手伝いもさせるからこの家の火の使い方は必修だ!わかったな」
それだけ一息でまくし立てると、サッサと別な部屋に行ってしまった。
「わかったよ……」
ジャスは呟いた。
「自分もコーヒーしか取ってないくせに」
テーブルに置かれたままの飲み残しのコーヒーを見つめながら、ジャスはぼんやりとパンを口に運んだ。
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