第4話 瀕死になるまで

※※※※


「やあ、ジャスくん」

 突然現れたクロウに、ジャスはビクッと体をこわばらせた。

 ジャスはテントの用意をしている最中だった。


「凄いね、テントまで持ってきてたんだ。ここに泊まるつもり?」


「……長期戦になるって覚悟してたから」

 目を合わせないようにしてジャスは答える。

「あんまり魔法使いの事は知らないけど、そんな僕でも聞いたことあるから、魔法使いアウル。『死者をも蘇らせる大魔法使い』って」


「アウルったら、凄い二つ名ついてんじゃん」

 クロウは明るく笑って見せる。

「死者なんて蘇らせれるわけないじゃん。大袈裟。まあ、魔力は超強いし、魔法技術もピカイチだから、大魔法使いっていうのは間違ってないかもだけどね」


 クロウの話にジャスは無反応を決め込んでいる。


 そんなジャスに、クロウはニヤリと囁いた。

「いいこと教えてあげようか?誘惑魔法の解呪の仕方」


 耳元で囁かれた言葉に、ジャスは顔色を変えて立ち上がった。

 クロウは笑いながら言った。

「簡単な事だよ。強い刺激を与えれば誘惑魔法は解呪できる。例えば、瀕死になるくらいまで殴っちゃえば確実に戻るね」


「ひ、瀕死?」


「そうそう、前も、大雨の中出かけて肺炎になって死にかけた子がいてね、それで解呪されたこともあって……」


「ふざけるな」


 静かに怒るジャスに、クロウはキョトンとする。


「瀕死になるまでなんて、できるはず無いだろ!これだから魔法使いは価値観が狂ってて嫌なんだ!」


「そんなに怒らないでよー。せっかく教えてあげたのに」

 クロウはプクッと頬を膨らませて見せる。


 そんなにクロウを見て、ジャスは冷たく言う。


「大魔法使いアウルの事もそうだけど、僕が本当に警戒しているのはあなただよ、『惑乱のクロウ』」


「うわ、俺にもカッコいい二つ名付いてるんだね」

 クロウは笑いながら反応するが、目は一切笑っていない。


「調べたんだ。大魔法使いのそばにいつも、恐るべき魔法使いがいるって聞いて」


「そんなぁ。恐るべきなんて大袈裟ー」


 といいながらも否定も肯定もしない。つまりまるっきりの嘘ではないようだ、とジャスは判断した。


 魔法使いクロウ。田舎者のジャスですら耳にする程の魔法使いだ。魔力はむしろ弱いほうだが、恐るべきはその人心掌握術である。ほぼ魔法を使わずして、人を惑わし、誘導し、それは時に国の政治にも作用する。


 そんな能力を持つクロウがいるならば。


「あなたなら、僕の気持ちを誘導して、姉をアウルに差し出すようにしむけるなんて、簡単にできるはずだ。そんなやつの事、聞けるわけ無いだろ」


 ジャスはそう言い捨てる。しかしクロウは笑顔を崩さない。


「ま、確かにそうかもしれないね。でも、しないよそんな事。アウルが俺にそんな事頼んだりしないからね。俺の依頼料って結構高額なんだよ」

 そう言って肩をすくめてみせる。

「むしろ、ちょっと意地になってるアウルに早く諦めさせたいっていうか。もう時間もないし、こんな面倒くさい事になってる子より、別な子探してあげたいかなーって」


「時間?」

 少し興味深くジャスは顔を上げる。


「そう、魔法使いは200歳までに人間の花嫁もらわないと魔法が使えなくなって、ただの人間になっちゃうの。で、アウルはあと三ヶ月で200歳なの」

「はぁ」

「だから、俺は君の味方。アウルを諦めさせたいのは同じなの」


 ジャスは明らかに迷った顔をしていた。


「確かに瀕死になるまで殴るはやりすぎかもね?でも強い刺激は本当だよ。一度帰って何か試してみたら?」

 クロウはそう言うと、その場を立ち去ろうとした。


「あの、あなたは」

 ジャスは恐る恐るクロウに呼びかける。


「あなたにはもう人間の花嫁がいるのか?」


「ああ、俺はアウルより若いからね。まだ20年くらい余裕があるから。それに」


 クロウはニヤニヤしながらジャスに顔を近づける。


「俺イケメンでしょ?誘えばいくらでも花嫁になってくれる子いっぱいいるんだよ」


「ああ、そう」

 ジャスはクロウから顔を離す。


 クロウはフフ、と笑いながらその場を去っていった。

 向かったのはアウルの家だった。




 ジャスは、クロウの言うことを信じるか信じまいか悩みながら、テントに戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る