第3話 詰めが甘い
※※※※
日が暮れた頃、再度クロウはアウルの家を訪れた。
「やあ、また来たよー。ついでに追加の仕事頼まれちゃったー」
「ああ?こんな時に面倒くせえもん持ってきやがって」
アウルはブスッと不貞腐れる。
そんなアウルを無視してクロウは窓を指さした。
「んで、やっぱりあのジャスって子、庭に隠れてたよー」
クロウの言葉にアウルが窓から外を覗くと、確かにジャスが家の近くの草陰に途方に暮れたように座り込んでいた。怯えて隠れる小動物のようだ。
「どーすんのー?絶対このままじゃ埒が明かないよ」
クロウが険しい顔のアウルの顔をつつく。アウルは煩わしそうにその手を払うと、戸棚からパンを1つ掴んで勢いよく外に出た。
家から出てきたアウルを見て、ジャスはビクリと立ちあがった。
「何してんだ。ずっとここにいたのか。村に戻ってマリカ連れて来いって言っただろうが」
アウルは静かに言う。
「とりあえず今はテメェに死なれたりされたら困る。人間は身体が頑丈じゃねぇからな。これでも食って、そしてから村に行け」
アウルはジャスに向かってパンを1つ投げる。ジャスは受け取らず、パンは足元に落ちた。
パンは転がって土を纏った。
ジャスはアウルを睨みながら答える。
「それは出来ない。姉にかけた術を解いてもらうまでは帰らない」
それを聞いたアウルは、チッと舌打ちした。
「つーか、どうやってマリカを止めてんだ。テメェらの家族もマリカがここに来る事を反対しないはずだ。誰も止めるやつがいなければマリカの方から勝手にここに来る筈なんだが」
「姉の婚約者に押さえてもらっている」
ジャスの答えに、一瞬アウルは絶句した。
「……婚約者!?」
「ああ、婚約者が必死になって姉を家から出さないようにしてくれているんだ」
「アウル詰めが甘すぎじゃーん」
後ろからクロウが出てきて、呆然としているアウルをからかった。
「家族にも誘導魔法かけたとか言って、弟さんあぶれさせちゃってるし、婚約者いた事も知らないでいるし」
「うるせぇ」
アウルはクロウを睨んだ。
「そうだよ、婚約者がいるんだ。もう相手がいるんだよ。だから諦めてくれないか」
アウルの動揺を見たジャスは、勝機があると踏んで今度は丁寧に頼む。
しかしアウルは冷たく言い放った。
「婚約者がいるかどうかは、花嫁にするしないに関係ない。ただ、誘惑魔法の障害を排除しきれなかった事を悔やんでいるだけだ」
アウルの言葉に、ジャスはうなだれた。
「逆に聞くが、何が不満だ。魔法使いの花嫁になれば、人間のまま寿命の概念が無くなる。一番美しくて強い時のままだ。それに、食う寝るにも困らねぇ。ちょっとやそっとじゃ死なねえから飢饉やら戦争に怯える事もない」
アウルは今度は説得するようにジャスに話かける。
しかしジャスは大きなため息をつく。
「そうじゃないだろ。それが魔法使い共にはわからないから、嫌なんだ」
「ああ、わかんねぇな。ならこれ以上言う事無え。とにかく、マリカを連れてくるまでもうそのツラ見せんな」
アウルはそれだけ言うと、サッサと家の中に入ってしまった。クロウも慌てて一緒に家に着いていく。
残されたジャスは、大きなため息をついて、途方に暮れたように立ちつくすしかなかった。
「無理そうじゃない?諦めたら?」
家に戻ったアウルに、クロウは言った。アウルはブスッとした顔になる。
そんなアウルに、クロウは憐れんだ声をかけた。
「アウルも可哀想だねえ。もう三回目?失敗するの」
「別に魔法を失敗したわけじゃねぇ。てか今回はまだ失敗って、決まったわけじゃねぇし」
「いや、そうだけどね」
クロウは肩をすくめた。
アウルの誘惑魔法は何度か失敗している。
たいていは、ターゲットの女の家族が知り合いの魔法使いに依頼して解呪してもらったり、誘惑魔法にかかったターゲットの女がアウルの所に来る途中に大嵐にあってその刺激で解呪されてしまったこともあった。
元々誘惑魔法は解呪されやすい魔法なのだ。
「別に、そのマリカって子じゃなくてもいいんでない?早めに次のターゲット選んだら?」
クロウの言葉にアウルは唇を噛んだ。
マリカの腕は魅力的だし、見た目も単純に好みだった。しかし確かに、どうしてもマリカでなくてはいけない!というほどの欲望は無い。
時間も余裕がないのだし、次の女を探す方がいいに決まっている。
ただ、単純に
「気に入らねぇ」
そう、気に入らないのだ。まるでジャスに言われたからマリカを諦めるようで気にいらない。
そんなアウルの気持ちを知ってか知らずか、クロウは肩をポンと叩いた。
「どれ。ちょっとだけ俺が話してきてあげるよ。アウルは交渉下手だしね」
アウルはフン、と鼻を鳴らしてクロウが外へ出ていくのを睨むように見つめていた。
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