第5話 ゲール族
馬車を走らせ2時間ほどたった。にぎやかな街をぬけ、森に入るとだんだんと空気が変わってくる。そして、ある場所を過ぎたあたりから、ダンは誰かにつけられている気配を感じていた。ただ、そこに殺意はなく、2人を見張っている、という感じだった。
「アンナ様」
隣で眠る彼女を起こした。
「このまま進んでよいのですよね?」
「……ん?あれ、もうこんなところまできたの?ちょっと停めてくれる?」
彼女は大きなあくびをして、まだ停まりきっていない馬車から降りた。ダンがその様子にひやっとし、一言注意しようとした瞬間、彼女はポケットから木の笛をだし、勢いよく吹いた。静かな森の中を、鳥の鳴き声のような甲高い音が響いた。
「アンナ!」
そう言ってどこからともなく現れたのは、子供であった。ダンはとっさに剣を抜くが、アンナの視線を合図に剣を鞘に納めた。
「オウカ!」
アンナはオウカと呼ばれた子供を抱きしめる。森に入ってから二人をつけていたのはこの子だろう。黒髪に、鋭い猫目のその子は子供ではあるが、普通の子供とは異なる気配を漂わせていた。オウカはアンナに抱き着きながら、ダンを警戒したようににらむ。
「オウカ、彼はダンよ。私の新しい護衛なの」
「……ふーん」
オウカは気に食わない様子だ。
「ところでみんなは元気?畑はどう?」
「みんな元気だ。少し前に芽が出たんだ。毎日水やりやってるよ」
「よかったわ。ちゃんと育つか心配だったの。今日は他の野菜の苗と、食べ物を持ってきたのよ。みんなのところに連れて行ってくれる?」
ダンは馬車を引き、彼女たちについていく。しばらくすると、かすかに血なまぐさいにおいが漂いとともに村が見えてきた。アンナに気が付いた4~5人の男女が笑顔でよってきた。彼らからは、殺意こそ感じられないが、彼女に笑顔を向けながらもダンへの警戒があった。
「アンナ、久しぶりね。なかなか来てくれないから忘れられたのかと思ったわ」
アンナと同世代くらいだろうか。背の高い、目鼻立ちのはっきりした若い女だった。
「ごめんなさい、ルバートが許してくれなくて。今日は新しい野菜の苗を持ってきたの。みんなで植えましょう」
「……また城から盗んできたのか?そんなことして大丈夫なのか?」
若い大柄な男が心配そうに聞いてきた。
「ばれなきゃ平気よ。それに誰も気づかないわ」
どこからともなく人がでてきて、アンナに声をかけ、馬車の荷台にある荷物を運び出していく。
「オウカ、ゴウジン様はどこ?」
「きっと家で休まれていると思うよ」
「そう。挨拶いってくるから先にみんなで進めていて。ダン、あなたも一緒に行くわよ」
ゴウジンとは誰のことだろうか。ダンは彼女についていく。
「今から会う人はね、ここの長よ。あと、私の恩人。さっきのオウカは村への侵入者を監視するソネドという役割を与えられているの。子供だけど相当強いわよ」
ゲール族はもともと遊牧民である。そのため、大きなテントのような移動式の家を建て、生活をしている。しかし、民族が畑をつくるということは、この地に永住するということなのだろうか。ダンは不思議に思った。各所にある家も、移動式のテントのような作りではあるものの、しっかりと固定されたものが多くあった。暫く歩くと、アンナはひと際大きい、円形の建物の前で足を止め、ドアをノックした。
「ゴウジン様、アンナです。入ってもいいですか?」
するとすぐにドアが開き、年老いた小柄な女性が出てきた。
「あらアンナ、いらっしゃい。今日はルバート様と一緒ではないのね。どうぞおはいりになって」
中にはいると、一人の白髪の老人が剣の手入れをしていた。
「ゴウジン様、お久しぶりです」
「おう、アンナか。よくきたな。となりの男は誰だ?初めて見る顔だな」
「私の護衛をしているダンです。つい最近闘技会で見つけたの」
ダンは一礼する。ゴウジンは彼を下から上までじっと見る。
「ほう」
一言そう唸り、ゴウジンは意味深に二マリと笑った。
「彼強いのよ」
「だろうなあ」
すべてを見透かすような鋭い目に、気味の悪さを感じる。
「一度手合わせねがいたいな」
ゴウジンは笑いながら話すが、目は笑っていなかった。
「で、なにか話があるのか?ただ食料を運びに来たわけでもあるまい」
「ええ、ゴウジン様に聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
アンナの真剣な声色に少し空気がピりつくが、ゴウジンの様子は変わらない。
「さあさあ、そんな立ったままではなくてこちらに座って」
先ほど玄関で出迎えてくれた女性が、立ったまま話を続ける彼らに声をかけ、ソファーに座るよう促す。アンナはお礼を言って座った。
「さあ、あなたも座っていいのよ」
女性はダンに声をかけた。
「私はこのままで大丈夫です」
アンナはダンを見て言う。
「ダン、大丈夫よ。私に危害を加える人はここにはいないわ」
ダンは先ほどから感じる敵意とも違う、彼らから感じる圧に慎重になっていた。
彼は少しためらったが、主の言うとおりにソファに腰を下ろした。
「いろんな圧感じてるんだよな。だがな、安心しろ。無意味な争いはしねえよ」
ゴウジンはにやりとダンを見て、その後アンナに視線を移した。
「で?話とは」
「お父様のことよ。最近ここへ来たのよね?」
ジークが?ここに来ただと?ダンは耳を疑う。
「なぜそう思う」
「……ある人から聞いたの。お父様の馬車が明け方にこっちの方面から戻るのを見たって」
ある人……だれのことだろうか。
「ジークも詰めが甘いな」
ゴウジンは笑う。
「お父様、また戦争の準備をしているの?」
戦争の準備だと?
「何を頼まれたのか教えて」
「アンナ、それは言えんよ」
「戦いだけはやめて、それはしないって約束して」
ゴウジンはしばらく黙る。
「お前もわかっていると思うが、生きていくには金が必要なんだよ。俺たちが闘わなくても生きていけるようにしたいと思っているんだろうが、きれいごとだけではどうにもならんよ」
「……次、戦争が起きれば、この国は本当に立ち直れなくなってしまうわ」
「前も言ったがな、むやみに戦場に送り込むことはしないさ。俺たちの不利益になることはしない」
ジークが何かを企てている。
ゴウジンははっきりしたことを言わなかったが、国王がゲール族を訪ねる理由は限られてくる。戦闘に優れた部族のもとを訪ねるということは、その力を借りたいということだ。
「ジークのことで、俺からこれ以上話せることは何もない」
「・・・・・・じゃあ、お父様は何か、私のこと話していた?」
アンナは少しためらいながら聞いた。ゴウジンは視線を自分の手元に移し、沈黙の後もう一度彼女に視線をやる。
「……もうすぐ成人する、とだけ」
アンナが何を思ったのか、ダンにはわからなかった。うれしいのか、残念なのか、その表情からは何も読み取ることができない。
「……そう。わかったわ。教えてくれてありがとう」
「さあ、そろそろ皆のもとに行ってやってくれ。みんなずっとお前に会いたがってたぞ」
そうね、とアンナはつぶやき、二人は立ち上がり出口へと向かった。
「ひとつ」
ゴウジンが唐突に言い放つ。
「お前たちほど不器用な親子はいないってことだけ言っておくよ」
どういう意味だろうか。
「なにそれ、意味わからない」
アンナはそういい捨てる。
「あとお前、ダンと言ったか。アンナをよろしくな」
ゴウジンの表情は柔らかいが、その視線は鋭かった。
その後、二人は村の人々と畑を耕し、新しい苗を植え、井戸をほった。
あっという間に日が暮れようとしていた。
「アンナ様、そろそろ戻らないと、日が暮れますよ」
「そうね。そろそろ帰りましょうか」
彼女は泥だらけだ。こんな格好で城に戻ったら何と言われるか。
そう思っているとアンナは衣服についた泥をはらいながら馬車の方に歩き荷台の中に入って行った。
「ダン、着替えるから外見張ってて」
彼女は荷台の扉の隙間から顔を出し、彼に言った。
「ここでですか?誰かの家借りられないんですか?」
「いいから早く」
ダンは言われた通り、荷台の前に立ち、見張りをする。
「なんで何にも聞かないの?」
アンナが唐突に言った。
「なにをですか?」
「何をってお父様のこととか、さっきの話のこととか」
「聞いても良いのですか?」
「気にならないの?」
もちろんダンは気になっていた。そしてここの村の人たちと1日接して思ったことがある。アンナは少なくともここの人たちから信頼されている。彼女が出向く場所はここだけではないだろうから、きっといく先々で国民との関係性を地道に構築しているのだろう。リディアナ国の内情が酷いのは確かで、ジーク国王は噂通りの人間なのも予想はつく。しかし、想定外だったのはこのアンナ王女だ。彼女と国王の関係性があまりよくないのも先ほどの会話でなんとなくわかった。
「あなたの望みはなんなのですか?」
それはあまりにも漠然とした問いかけであった。
彼女と父親の関係性や、ジークの企て、気になることは山ほどあるが、ダンは自分が最も気になっていることを彼女に尋ねた。
「そんなの決まってるじゃない。平和よ」
そう言って彼女は荷台から出てきた。いつもの軽装のドレスに身を纏っていた。
ブルーのドレスの裾が風になびき、彼女の顔が夕日に照らされた。ダンはわずかに自分の体が奮い立つのを感じた。
「私が望むものは平和と自由、そして人権の平等、それだけよ。だけどね、私には力がないの。権力者はみんなお父様の言いなり。王宮での私の味方はルバートくらいよ」
そしてアンナは俺を見る。
「あと、あなたもね」
アンナはにっこりと微笑み、荷台から降りて、片付けをする村人の方へと走っていった。
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