第3話 王女


 一般的にリディアナ国の王女に対するイメージは、わがまま、強欲、世間知らず……彼女のことを知らない人々はそう思うだろう。暴君ジーク国王の一人娘ともなれば、悪女の方が想像が容易かった。


 アンナ王女の護衛としてダンが働き始めて1週間が経った。ダンの具体的な仕事は、第一にアンナの護衛である。彼女が危険な目に遭わないよう、常に行動を共にする必要があった。彼女の隣の部屋を割り当てられ、四六時中彼女のそばにいることが求められた。

 しかし、それは骨が折れる仕事であることをダンはひしひしと感じていた。なぜならば、彼女はたびたび城を抜け出し、街を出歩く習性があったのだ。馴染みの商人もいれば、旅芸人、孤児院、さまざまな場所に出向くのである。

 

「ダン、明日は行きたいところがあるの」


 ダンは呆れた様子で彼女をみた。

 

「行きたいところとはどこでしょうか」


 王女が無断で城外に出るたびに、彼は彼女を連れ戻すという一連の流れが定番になっていた。事前に外出を相談されるなんて初めてのことだ。

 

「ゲール族が住む東の森よ」


 ゲール族はかつて戦闘部族として名を馳せた部族と聞く。今では依頼があれば殺しを請け負う、闇に生きる者たちが集まる部族だった。


「先月ね、みんなで野菜の苗を植えたの。畑の様子を見に行きたいのよ。もうそろそろ芽が出てくる頃かと思って」


 彼女は当たり前のように話すが、戦闘部族が畑づくりだと?


「あなたに内緒で行ってもすぐ連れ戻されるじゃない?だから初めから一緒に行こうと思って」

「なんのためにそんなことを?」

「なぜそんなことを聞くの?」

「それでは・・・・・・このことは皆しっているのですか?」

「ゲール族と畑をやっていること?ルバートは知ってるわ。他の人は知らない」

「ルバート様が許しているのであればまあ……」

「許しているっていうか、知っている、かな」


 ルバートの困った顔が脳裏に浮かぶ。とは言え、どんな状況でも拒否する権利は彼にはなかった。


「1日で帰ってこられるのですよね?それであればお供いたします」


 彼の協力がうれしかったのか、彼女は満足気か笑みを浮かべた。


―――――――――――――――――――――


 

 翌日、まだ陽が昇らない早朝、彼らは城を出発する。ルバートには一言このことを伝えたが、もはや彼女の行動に諦めている様子もあった。

 馬車の荷台には新しい苗や、野菜果物がわんさか積んであるのだが、城の者はこの食料のことを知っているのだろうか。色々な疑問はあるものの、あれこれ聞いても自分に何かできるわけでもなく、ダンはただ手綱をとり、彼女を隣に座らせ、指示通りに馬を進めた。


「ゲール族は食べ物に困っているのですか?」


 畑づくりの目的を知りたかった。

 この王女の考えていることはいまいちよくわからない。すべて思い付きなのか、なにか意図があるのか。意図があるとしたらなんのために?戦闘部族を手名付けて戦の準備でもするのであろうか。

 

 「ゲールの人たちが戦闘部族なのは知ってるわよね。誰かに雇われて殺しを仕事にしているの。それが日常だから、だれかを傷つけたり、殺すことを当たり前に思う人たちなのよ。身体能力も体格も、ずば抜けてる。だからと言って騎士になれるほどの教養があるわけでもない。どうしても裏の世界で生きていくしかできない人たちなの」

 

「確かに、野蛮なイメージはありますね」


「だけどね、本当は心の優しい人が多いのよ」


 彼女は目を輝かせながら続けた。


「昔、彼らに助けられたことがあるわ。あの時助けてもらえなければ、私は今ここにいないと思う。だから、私は彼らが好きだし、彼らには人を殺してほしくない。戦わなくても暮らしていける術を持ってほしい」


 ダンは混乱する。つまり、ただの良心でやっているというのか?こんなに手のかかることを?

 彼女はリディアナ国の、あの暴君ジーク王の娘だ。まっとうに、誠実に国のことを、民のことを第一に考える姫なはずがない。


 ただ、その横顔からは、嘘を言っているとはまるで思えない、意志の強さが感じられた。


「どう?納得してくれた?」


 彼女は俺を見上げてほほ笑んだ。

 朝日が彼女の顔を照らし、彼女の向日葵色の瞳が宝石のように輝いた。


 

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