第1話 出逢い


 リディアナ国は、かつて様々な民族が共存する、自然豊かな美しい国だった。


しかし、それも今となっては過去のこと。

前国王の一人息子、ジークが若くして即位したのち、リディアナ国は独裁国家と化し衰退の一途をたどっていた。


城下町へいけば、貴族や商人たちは裕福な暮らしを送る一方で、一歩そこを出れば、道端には家のない浮浪者、奴隷として家畜のように扱われる人、物乞いをする子供。そんな光景があふれていた。


 そんなこの国の貴族の娯楽の1つ、王宮主催の賭博闘技会が今まさに開かれていた。


この闘技会は年に一度行われ、貴族の賭博の対象として、下級騎士から奴隷まで、誰もが参加を許されていた。

トーナメント制の戦闘を繰り返し、最後に残った優勝者には王宮で騎士として働くことが許されるため、腕っぷし自慢の猛者たちがこぞって参加をしている。


 その腕っぷしの中に、一人ひと際目立つ若い男がいた。


赤毛で美しい顔立ちのその男の名はダン。


彼は何としてでも優勝し、王宮に上がり込む必要があった。

彼は剣術を得意とし、無駄のない動きと、隙のない剣捌きで勝ち進み、あっという間に最終試合を迎えようとしている。


闘技場内に響き渡る大歓声や野次の中、彼の名前が呼ばれた。


「最終決戦は初出場ながらここまで見事な技術で勝ち残った奴隷出身のダン!」


奴隷というには似つかわしくないその姿に、誰もが視線を奪われる。

彼は熱気と砂埃が舞う円形の闘技場内に進む。何段にも連なる観客席は満員で、遠い席からはろくに試合は見えないだろう。


「そして、ここまで可憐な剣捌きで見事勝ち進んできたドレスデン侯爵次男、ユーリ!」


 ユーリと呼ばれた男は、頭を布で覆っているため、その顔を見ることができない。


しかし、その布の隙間から覗く瞳は金色に輝きをはなっていた。小柄な体つきではあるが、ここまで勝ち進んできた結果からみるに、手練の剣士に間違いない。

 

 戦闘開始の鐘と共に、ユーリがダンに向かって飛び込んでくる。思ってた以上の身軽さとスピードに、ダンの初動が鈍った。

剣の交わう鈍い音が響くと同時に、ダンはバランスを崩しながらもユーリの腕をつかみ、背負いなげるように投げ飛ばしたが、彼はなんなく猫のように体をよじり、地面に着地した。


 ダンは一気に距離を詰め、剣を振りかざすが、彼はその剣先をかわし、小柄な体格をうまく利用しダンの間合いになんなく入ってくる。ダンは距離を取ろうと彼を蹴り飛ばそうとするが、かわされ、代わりに相手の蹴りが顔を掠めた。


 (やりづらいな。それにしても・・・・・・なにかが変だ。)


 足が顔を掠めた時、いつもの戦闘には無い、なにかをダンは感じた。そうこうしながらも、ユーリは二人の間合い内で畳みかけるように蹴りを繰り出す。

この蹴りをガードする腕に当たる足の感触から、ダンはこの違和感の正体に気が付いた。


 (・・・・・・こいつ女か?)


 どっかの侯爵の次男だと言っていたが、本人とすり替わっているのか?最初から?それともこの試合だけ?女が?なんのために?


 俺ダンは彼、いや彼女の顔にまかれた布めがけて手を伸ばすが、ひらりとかわされる。

 彼女は急に距離をとった。


「気づいたの?早いわね」


 彼女は言った。少し驚きながらも焦る様子はない。


「お前、誰だ」


 彼らの会話は聴衆の歓声にかき消されて、互いにしか聞こえていない。


「ここでは言えないわ」


 ダンは大きく深呼吸をする。そして一気に彼女との間合いを詰め、再度顔の布に手を伸ばすがまたもやひらりと逃げられる。まるで舞踊のようなその動きに調子が狂う。


 「……この野郎っ」

 

 腰の短剣を抜き、彼女の顔めがけて投げつけた。間一髪で彼女はよけるが体制をくずす。そのすきに彼女の肩を地面にたたきつけ、身動きが取れないように片手で押さえつけた。

 瞬時に、もう一方の手で彼女の布をはぎ取った。


 っ・・・・・・!

 

 ダンの動きが止まった。そこには肖像画で何度もみた顔があったからだ。


大きく見開かれた金色の目が太陽に反射して輝きを放ち、彼女に覆い被さる男の目を至近距離でまっすぐとらえた。


 漆黒の美しい髪の毛、そしてシルクのようになめらかな白い肌が土埃に汚れていたが、驚いた表情で目の前の男を見る彼女こそが、彼がもっとも会いたかった女、この国の王女アンナであった。

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