子供の頃から好きだった、従姉

春風秋雄

俺は茶摘みの手伝いに行った

婆ちゃんの家に行くのは何年ぶりだろう。親父の生まれ故郷の婆ちゃんの家は、静岡県の牧之原市にある。深蒸し茶で有名なところだ。

子供の頃は毎年、盆正月には家族で行っていた。昭和生まれの親父にとって、盆正月に家族を連れて生まれ故郷へ帰るのは当たり前のことだった。しかし、平成生まれの俺は大学進学で家を出ると、盆正月も家に帰らなくなった。俺には兄がいるので、盆正月は兄貴がいれば十分だろうという気持ちもあった。必然的に婆ちゃんの家に行く機会もない。だから、婆ちゃんの家にはこの15年くらいの中で、爺ちゃんの葬式に行ったきりだ。そうすると、8年ぶりということになる。

そんな俺が、盆でも正月でもないのに、婆ちゃんの家に行くのは、親父に頼まれたからだ。今年90歳になった婆ちゃんが、親父に電話してきて、半月ほど昌行を貸してくれと言ってきたらしい。婆ちゃんの家は、親父のお兄さんである孝一伯父さんと、その奥さんの房江さんがいる。俺の従姉である、ひとり娘の郁美さんは嫁いで県外に住んでいるので、今は3人で住んでいるということになる。男手が孝一伯父さんひとりなのに、その伯父さんが手首を骨折して、これから茶畑の茶摘みが始まるというのに、人手が足りないということで俺に白羽の矢が立ったというわけだ。

俺は3か月前までは東京で暮らしていた。大学を卒業して、そのまま東京で就職した。とくにやりたい仕事だったわけではない。何社も面接をして、やっと内定をもらえたのがその会社だけだった。それでもまじめに俺は働いた。人並みに結婚して、幸せな家庭を築こうと思っていた。ところが、31歳になって、係長に昇進したのを機に俺の歯車は狂いだした。新しく上司になった課長は、手柄は自分のものにし、ミスはすべて部下に押し付けてくる人だった。それでも俺は部下からは慕われて、何とか部下のためにもと思い、頑張っていた。ところが2年前、課長が会社に大きな損害をもたらすミスをした。その案件に俺は一切関わっていなかった。ところが、課長は巧妙に書類を細工し、その責任をすべて俺に擦り付けた。俺を慕っていた部下たちも課長からの報復を恐れ、俺を擁護する者は誰もいなかった。俺は本社から、倉庫の管理部に異動になった。役職は係長のままだが、実質的な降格だ。それからの俺は仕事に対する意欲を失った。結婚を意識していた恋人からも別れを告げられた。半年以上、倉庫で働いていたが、俺は退職願いを出した。それからの俺は、無意味に日々を過ごすだけだった。失業保険の給付がなくなったあとは、貯金で食いつないでいた。34歳にして、そんな生活をしている俺を見かねた親父が一旦実家に帰って来いと言ってくれた。兄貴もそうしろと言うので、俺は東京のマンションを引き払い、3か月前に実家がある愛知県の岡崎市に帰ってきていた。


東京から乗って帰った練馬ナンバーの車で、約1時間半かけて婆ちゃんの家に着いた。

「昌行、よく来てくれたね」

孝一伯父さんが出迎えてくれた。

「お久しぶりです。伯父さん、手は大丈夫ですか?」

「ギブスは取り外しができるギブスになったけど、まだ力を入れると痛いんよ」

「まあ、無理はしないことです」

「手がこんななもんで、お茶摘みも出来んで、どうしようかと思っとったら、婆さんが昌行を呼ぼう言うて、わざわざ来てもらって悪かったね」

「いいですよ。どうせ今は暇ですから」

房江さんが出てきた。

「おとうさん、とりあえず上がってもらいなさいよ」

房江さんはそう言って、トランクから俺の荷物を家に運ぶのを手伝ってくれた。

家に上がって、仏壇の爺ちゃんに挨拶をしてから、茶の間に座ると、従姉の郁美姉さんがお茶を出してくれた。

「あれ?郁美姉さん、帰ってたの?」

「うん」

「お茶摘みの手伝い?」

「まあそんなとこ。昌行ちゃん、久しぶりだね」

「爺ちゃんの葬式以来だから、8年ぶりだよ」

郁美姉さんは、俺よりふたつ年が上だった。うちの兄貴の昌和が俺より3つ上で、年が近かったので、子供の頃は3人でよく遊んだ。子供の頃、俺は郁美姉さんが好きだった。中学、高校と、年を重ねるたびに郁美姉さんは綺麗になって、俺は郁美姉さんに会えるのが楽しみで婆ちゃんの家に来ていたようなものだった。そういえば、俺が盆正月に帰らなくなったのは、最後の正月に会った時に、静岡の大学へ行っていた郁美姉さんが大学のサークルにいるイケメンのことをしきりに言っていたからだ。やはり、郁美姉さんは従弟の俺のことは男として見ておらず、俺とは違う世界にいる人だと、その時思った。


90歳になった婆ちゃんはまだボケてはいないし、よくしゃべる。耳は少し遠くなって、大きな声で話してあげないといけないし、歩き方は弱々しいが、それでも90歳にしては元気な方だろう。

お茶を飲みながら、うちの家族の近況を報告した後、俺が使う部屋に郁美姉さんが案内してくれた。

2階にあるその部屋は、俺たちが子供の頃は空き部屋で、物置部屋と化していた部屋だった。よくかくれんぼで隠れた部屋だ。

「懐かしいな。昔は物置部屋だったのに、綺麗に片付いているね」

「お祖父さんの使っていたもので、いらない物は処分したし、昌行ちゃんが来るから綺麗に片付けたのよ」

郁美姉さんの部屋は俺が使わせてもらう部屋の廊下を挟んだ向かいだった。


翌日から朝早く起きて茶摘みが始まった。子供の頃、何度か手伝ったことがあるので、やり方はすぐに思い出した。俺は体質的に茶かぶれをするので、手袋をして摘む。単純な作業だが、何時間もやっていると、腕は疲れるし、立ちっぱなしなので、腰が痛くなってくる。やっとお昼になり休憩になった。家に帰ると、朝のうちに用意していたらしく、おにぎりと、簡単なおかずが用意されていた。

「昌行、久しぶりの茶摘みは疲れただろ」

婆ちゃんが俺をねぎらいながら話してきた。

「普段体を動かしてないから、慣れるまではきついね。伯父さんたちは毎年やっているんだよね」

「まあ、孝一も年取ってきたし、この畑もあと何年続けられるかわからないね。先祖代々引き継いだ畑だから、何とかしたいけど、跡を継ぐ者がいなけりゃ仕方ないさ。私があの世へ行ったら畑は売るなり、畑じまいするなり、孝一の好きなようにすればいいさ」

婆ちゃんが寂しそうに言う。

「お茶をやめてしまうのは、もったいないね」

「まあ仕方ないさ。このあたりでも跡継ぎがいなくてやめてしまうところはポツポツでてきているからね」

俺はチラッと郁美姉さんの顔を見たが、郁美姉さんは我関せずといった顔だった。


夕方になり、房江さんと郁美姉さんは夕飯の支度のために先にあがり、俺と孝一伯父さんと手伝いの親戚の人たちだけで作業を続けた。1時間ほど働き、薄暗くなってきたので、俺たちも引き上げることにした。

「昌行、先にシャワー浴びてきなさい」

孝一伯父さんに言われて、俺は着替えを持って浴室へ向かった。何も思わず引き戸を開ける。

「え?」

俺は思わずフリーズした。そこに裸の郁美姉さんがバスタオルで体を拭いている姿があった。

「あ、昌行ちゃん入る?ちょっと待ってて」

郁美姉さんはそう言うと、引き戸を閉めた。俺はどうすれば良いのかわからず、その場に立ちすくんだ。胸がドキドキ言っている。

しばらくして引き戸が開き、何もなかったように郁美姉さんが出てきた。

「お待たせ」

郁美姉さんはそう言って行ってしまった。

俺のドキドキはおさまらず、こんなことで?と自分を疑ったが、チラッと見えた綺麗な肌が、子供の頃に抱いていた郁美姉さんへの思いを蘇らせていた。


翌日も天気は良く、茶摘みは順調だった。俺も茶摘みに慣れてきて、他の人たちと遜色ないスピードで摘んでいけるようになった。昨日同様、薄暗くなるまで仕事をし、家に帰ると、先にシャワーを浴びるように言われた。昨日の失敗があるので、俺は家の中に全員がいることを確認して、浴室へ向かった。シャワーを浴び、脱衣場で体を拭いていると、いきなり引き戸が開いた。驚いてそちらを見ると郁美姉さんが入って来た。

「ごめん、ちょっと手を洗わせて」

俺が裸でいるのにお構いなく、洗面台で手を洗い出す。鏡に映る郁美姉さんの顔を見ると、手を洗うのに専念して、俺のことは眼中にないといった感じだった。手を洗い終え出て行く郁美姉さんが、チラッと俺を見て言った。

「これで、お相子だね」

郁美姉さんは俺がいることを知っていて入って来たんだ。


10日ほどかけて、1番茶を摘み終えた。一応俺の用は済んだので、もう岡崎に帰っても良いのだが、婆ちゃんが2~3日ゆっくりしてから帰りなさいというので、帰ってもやることがない俺は、少しのんびり過ごすことにした。

その日は孝一伯父さんと房江さんは組合の集まりで夜は出かけていた。一番茶摘みが終わったあとは、組合の人たちが集まって「今年もご苦労様」という飲み会を開くそうだ。そんな風習があるのかと房江さんに聞くと、昔は『籠破り』といって、茶摘みを手伝ってくれた人をねぎらう風習はあったそうだが、組合で集まるのは、単に飲みたいだけよと言っていた。

婆ちゃんと、郁美姉さんと、3人で夕飯を食べたあと、婆ちゃんが郁美姉さんに話し出した。

「郁美はこれからどうするつもりなのだい?」

一体何の話だろう?

「達郎君のことはあるけど、郁美自身がどうしたいかが、一番大事だよ」

達郎君とは郁美姉さんの息子のことだ。今年中学生になったと言っていた。

「達郎とは離れたくない。でも、あの家にはもういたくない」

ええ?そういうことになっているのか?それでこっちに帰って来ているのか。

「達郎はもう中学生なのだから、母親がいなくてもちゃんと育つよ。それより、お前があの家に帰りたくないのは、姑さんが嫌なのか、旦那さんが嫌なのか、それによっても変わるよ」

「お義母さんとは、もう話もしたくない。それに母親の味方ばっかりするあの人とも、もう一緒に住みたいとは思わない」

「そうかい。じゃあ、離婚するだね。達郎をどちらが引き取るかは、達郎自身に選ばせればいいさ」

「そんなに簡単に離婚していいの?」

俺は思わず口をはさんだ。

「子供はね、いつかは巣立っていくものさ。うちは孝一が家に残ってくれたけど、お前の父親の孝昌も家を出ただろ?それよりも、生涯連れ添うのは旦那さんだ。爺さんは8年前に先に逝っちゃったけど、それでも60年一緒に連れ添ったんだ。郁美は今36歳だろ?80歳まで生きたとして、あと40年以上はあるんだ。自分が嫌だと思う相手と、あと40年一緒に暮らすことが、どういうことか想像できるだろ?」

俺は何も言えなかった。

「夫婦というものは、惚れた腫れたなんてことは最初のうちだけで、どうでもいいことよ。肝心なのは、一緒にいて気持ちが穏やかでいられるかということ、この人となら安心して日々を過ごせるという人でなければ、何十年も一緒にいられりゃしないよ」

90歳の婆ちゃんが言うと、かなり説得力があった。

「それはそうと、昌行はこれからどうするんだ?」

「まだ何も考えてない」

「またサラリーマンに戻るのか?」

「どうだろ。もうサラリーマンには戻りたくないという気持ちが強いかな。何か商売でもできたらと思っているけど」

「うちの畑を継がないか?」

「茶畑を?」

「この前も言ったように、孝一が動けなくなったら、茶畑は畑じまいするしかない。だったら、昌行が茶畑を継いでくれるのが一番いい」

「俺はここに住むことになるの?」

「別にここに住まなくても、近くにマンションでも借りてもいいが、せっかく広い家があるのだから、ここに住めばいいさ。それに郁美が離婚したら、ここに帰ってくることになるだろうから、昌行は嬉しいだろ?」

「何でおれが嬉しいんだよ」

「お前は子供の頃から、郁美のことが好きだったじゃないか」

俺は驚いて何も言えなかった。なんで婆ちゃんは知っているのだ?

郁美姉さんも驚いたように俺の顔を見ていた。

「郁美が離婚したら、お前ら結婚すればいいさ。従姉同士なら結婚はできるのだから」

婆ちゃんは、そう言うと、もう寝ると言って自分の寝室へ引き上げた。

残された俺たちは、何とも言いようのない気まずさで座っていた。

「昌行ちゃんは、私のこと好きだったの?」

「郁美姉さんは、昌和兄さんのことが好きだったんだろ?」

「子供の頃はね。でも、あの頃の好きって、憧れみたいなものだから」

「俺は憧れではなくて、郁美姉さんのこと、ちゃんと好きだったよ。そして、今も好きだよ」

郁美姉さんが俺の顔を見た。俺は目をそらさず、郁美姉さんを見た。

「私も、そろそろ寝るね」

郁美姉さんは、そう言って2階へ上がって行こうとした。俺はその後ろ姿に話しかけた。

「郁美姉さんが、本当に離婚したら、俺は郁美姉さんと結婚したい。本当に離婚したら、一度考えてほしい」

郁美姉さんは、何も言わず2階へ上がって行った。 


牧之原茶は、4月の下旬から5月の頭まで一番茶を摘み、6月の下旬から二番茶を摘み始める。二番茶の頃には伯父さんの手も良くなっているだろうから、俺は必要ないと思っていたが、婆ちゃんが「昌行も当然来るよな?」と聞くので、断れなかった。それに、郁美姉さんの離婚がどうなったのかも気になっていた。

郁美姉さんは、今回は来ていなかった。

2日目の夜、婆ちゃんと二人きりになった時に、婆ちゃんが聞いてきた。

「昌行、畑を継ぐ気になったかえ?」

「どうしようか迷っているところ」

「それは、郁美次第ってことかな?」

俺は何も答えなかった。

「郁美は離婚することにしたよ。親権に関しては今争っているところだ」

「離婚決めたんだ」

「なんか、嬉しそうだな」

婆ちゃんは、そう言って笑った。


明日で二番茶の茶摘みも最終日という日に、郁美姉さんが帰って来た。夕飯時に郁美姉さんは両親に報告した。それによると、親権は達郎君本人の希望で、父親が持つことになったということだ。郁美姉さんにとっては残念な結果だったろうが、それほど落ち込んでいる様子ではなかった。

夜も更け、明日も朝早いからと、みんな自室に引き上げ、俺と郁美姉さんだけが居間に残った。

「達郎君のことは残念だったね」

俺がそう言うと、郁美姉さんはニコッと笑った。

「あの子ね、僕がいなくなると向こうの爺さんと婆さんが悲しむからって。それに、ママはまだ若いのだから、再婚しなよ。その時僕がいたら貰い手ないよだって」

「なかなかしっかりしているね」

「それにね、あの子、大学は静岡の大学の農学部に行くつもりだから、大学を卒業したら牧之原へ行って、茶畑の経営をするよって言ってくれたの」

「そうなの?じゃあ、後継者ができたじゃない」

「そうは言っても、先の話だからどう気持ちが変わるかわからないし、あの子が大学を卒業するまで、まだ10年近くあるのよ。その時お父さんは77歳。それまでお父さんが頑張れると思う?」

「そしたら、中継ぎが必要ということか」

「昌行ちゃんは、うちの畑やってみる気になった?」

「どうしようか、迷っている。もし、俺が畑を継ぐと言ったら、郁美姉さんは、俺と結婚してくれる?」

「それは私が昌行ちゃんと結婚するなら畑を継ぐということ?それはダメだよ。畑を継ぐことと、結婚は別に考えなければ」

「それは、俺が畑を継いでも、郁美姉さんは結婚してくれないかもしれないということ?」

「私が再婚するかどうかは私の問題。畑を継ぐかどうかは昌行ちゃんの問題。そうでしょ?」

「まあそうだけど」

「お茶の仕事って、茶摘みだけじゃないんだよ。一年中畑の世話をしなければならないの。お茶に限らず、農業というのは中途半端な気持ちじゃあ出来ないから、昌行ちゃんが真剣にやろうという気持ちにならないと、何年か経ってから後悔することになるから」

「わかった。もう少し考えてみる」


翌日、婆ちゃんに郁美姉さんに言われたことを話した。

「郁美の言うことはもっともだね」

「だよね。言われてみて、お茶を継ごうと思ったのは、そうすれば郁美姉さんが結婚してくれるのではないかと思ったからかもしれないと気づいたよ」

「郁美は畑を継ぐことと、結婚は別の問題と言ったんだよね?」

「うん、そう言った」

「だったら、昌行も畑を継ぐことと、郁美との結婚は別にして考えてみるといいさ。そうすれば違う角度から物事が見えるかもしれないよ」

別の問題として考える?郁美姉さんのことが好きだということははっきりしている。だったら、俺は畑に関してはどうしたいのだろう?俺は、以前婆ちゃんが言っていたことを思い出した。そうか、俺の考え方は逆だったんだ。


二番茶の茶摘みが終わり、孝一伯父さんと房江さんは、また組合の飲み会へ出かけて行った。婆ちゃんは早々に寝るといって自室に引き上げ、しばらくテレビを見ていた郁美姉さんも、もう寝ると言って2階にあがった。しばらくして俺は郁美姉さんの部屋のドアをノックした。ドアを開けてくれた郁美姉さんはパジャマ姿でもう寝ようとしていた。

「もう寝るところだった?」

「うん。でも大丈夫」

郁美姉さんはベッドに腰掛けた。俺は床に座って、郁美姉さんの顔を見た。

「郁美姉さん、俺と結婚してください」

いきなりのプロポーズに、郁美姉さんは驚いた顔をした。

「俺は、ずっと郁美姉さんが好きでした。これから郁美姉さんのことを幸せにしたいと思います。30年先も、40年先も郁美姉さんが安心して、穏やかに、俺と連れ添ってもらえるようにしたい。そのために俺は、畑を継ぎます。達郎君が大学を卒業して、ここに来るまでの間はもちろん、達郎君が来た後も、達郎君がちゃんと茶畑を経営できるようになるよう手助けをしながら、俺の体力が続く限り畑を大切にして良いお茶を作るようにします。だから、俺と結婚してください」

郁美姉さんは黙って俺を見ている。

「だめですか?」

「昌行ちゃんの言うことはわかったわ」

郁美姉さんは、それだけ言うとベッドに入った。やっぱりダメだったか。決して中途半端な気持ちではないということが伝わらなかったのだろうか。

すると、郁美姉さんが、布団の端を持ち上げて俺に言った。

「昌行ちゃん、おいで」

「いいの?」

「私たち、結婚するのでしょ?」

俺はそれを聞いて、ベッドに飛び込んだ。

「昌行ちゃんが、結婚してくれるなら畑を継ぐと言った時、ものすごく嫌だった。私は、畑のことは別にして、純粋に私と結婚したいと言ってほしかった」

やはりそうだったのか。

「私、小学校の頃までは、昌和兄ちゃんに憧れてた。でも、昌行ちゃんは中学生になった頃から、どんどん男らしくなっていって、昌行ちゃんを見るのがまぶしくなってきた。生まれて初めて男性というものを意識した相手は昌行ちゃんだった。大学生になった昌行ちゃんが、全然うちに来なくなって、寂しかった。私は昌行ちゃんのことが好きだったんだって思った」

「郁美姉さん」

「私のこと、大切にしてね」

俺はうんうんと頷きながら、郁美姉さんを抱きしめた。


夏が始まろうとしているこの季節、エアコンはつけているのに、俺たちは汗だくになっていた。二人肩を並べて息を切らしていると、ドアの向こうで声がした。

「お風呂のお湯、まだ落としてないから、後で二人で入りな」

婆ちゃんの声だ。なんでだ?いつからそこにいた?

「それから、明日は赤飯炊くからね」

婆ちゃんが嬉しそうにそう言った。

「なんで赤飯なんだよ」

俺が小声で言うと、

郁美姉さんも声を潜めながら

「昭和一桁生まれは、めでたい時は赤飯なのよ」

と、笑いながら言った。

「お風呂入る?郁美姉さんとお風呂に入るなんて、子供の頃以来だな」

「一緒に入るのはいいけど、もう一汗かいてからにしよう」

郁美姉さんは、そう言ってキスしてきた。


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