復讐者は忘却しません

 奇跡の話をしよう。恨みが質量を持ち、実体を持つにはどれほどの量と質が必要か。

 これでは奇跡ではなく呪いの話か。呪いや恨みは澱み溜まるものだが、その澱みは人間の行いよりも軽微なものなんだ。放置していても大した問題じゃない。だがこれは奇跡としか言いようがなかった。俺にとってはな。あれは八百年ほど前だったか。壇ノ浦の戦いで平家は滅び、天叢雲剣も海に沈んだ。そしてそれは源氏によって引き上げられなかった。戦場の恨みで怪異が創造されても大したものにはならないが、ここに核になる神器があった。人々の恨みを束ね、俺の肉とした。恨みを飲み干し俺が自分自身の支配者になった。

「そんなことで俺は再誕した。人間の恨みを肉としたゆえに人と変わらぬ姿を基準とすることになったが」

 鎮めれば神とすることも可能な格の怨霊を前に俺は胡坐で床に座る。

 冥土の土産に自分語りを聞かせてやる。既に冥土に両足突っ込んだ相手だが。だがしかしこのレベルの怨霊がそれなりに出てくる現世というのは凄まじい。人口が多い分こういうSRスーパーレアくらいの怨霊が出てくる確率は変わらずとも数は増えている。

「それが俺に何の関係がある?」

 かなり明瞭な意識と生前から連続した人格を持つ怨霊だ。自分語りは聞き手のリアクションがないと味気ないからな。これくらい聞く耳を持たぬ相手でも嬉しいといえば嬉しい。

 さてここは依頼人の事務所であるが、生者はもう俺くらいか。依頼を受けて昼から事務所でスタンバっていたら怨霊が襲撃してきて依頼人は挽肉になった。

 前金だけだと少し寂しい額なので好きにやらせてもらう。依頼人の上の組織の連中が金払ってくれるかは怪しいし。もっと被害出ても俺は別にどうでも。

 まあ最初から危険な予感はしていたので亜沙は車に控えさせている。

「恨みを忘れろとは言わん。死後の生を楽しむというのはどうだ?」

 一応言葉で説得もしてみる。説得でどうにかなるなら怨霊として帰って来ないと思うが。

「俺の邪魔するなら死ね」

 怨霊は拳を俺に振りかぶる。女に殴りかかる奴は現代の倫理観だとクソ野郎だぞ。まあいい。天叢雲剣が俺の胸を突き破り、その姿を現す。柄を握り、胸から抜く。

「全てを穢し飲み込む濁流」

 言葉には力がある。腐っても神である俺がこう言ったのだから天叢雲剣はその機能を行使可能である。清めの機能も天叢雲剣にはあるが、俺はこっちを好んで使うことにしている。

 相手の拳が俺の刀身に触れる。それと同時に泥水が噴き出し、相手の身体を包む。そして刀身に戻る。怨霊は俺の肉になった。地道な仕事だが、こうすることで少しずつかつての姿に近づいていく。そのはずだ。

 廃墟になった事務所を後にして、車に戻る。すっかり夜は更けていた。そういえばまだ亜沙に夕飯食べさせていなかったな。

「夕飯何が食べたい?」

「ファミレス」

「ファミレスか……ラーメン屋に行くぞ」

 何故なら俺が今、ラーメンの舌になっているからだ。

「えー」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

須佐探偵事務所(仮) 筆開紙閉 @zx3dxxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ