須佐探偵事務所(仮)

遲?幕邏咎哩

何でも切れます。

 俺がヤクザ(♂)の死体をばらして冷蔵庫に一旦仕舞っていると人が来た。二人分の足音が聞こえる。片方は大人で、片方は子供だろう。両方とも女だな。気配を通り越して重圧を感じる。これは奴か。

 黒髪長髪の女がそいつに似た顔つきの小学生くらいのガキを連れて俺の事務所にやってきた。

「預かってくれない?」 

 女は俺に子供を預けようとしてきた。何時になってもこの気配は慣れない。本人は悪い奴じゃないんだが、俺の身体と相性があまり良くない。鳥肌が立ってきたな。

「しゃーないな」

 俺は女に大きな借りがあった。女の名前は後楽園哭苦亞アトラクエン・ナクアという。後楽園アトラクエンは蜘蛛の神性であり警視庁の最終兵器としてその辺に腐る程いる凶悪犯を日夜殺し回って日本の平和に貢献している。

「ほら、自己紹介」

 後楽園アトラクエンがガキに自己紹介するように促す。

「母がいつもお世話になっています。斬島亜沙キリシマ・アサです」

 これから知らない相手の世話になるというのに不安を見せない。なかなか骨のあるガキだ。斬島姓ということは本当は旦那キリシマの方の実家に預ける予定だったんだろう。斬島とまだ繋がりあるの?驚いたな。険悪だと思ったんだが。

 長男の方は田中の家預けていたし、またそっちに預けろよ。いやでもリスクマネジメント的には同じ家に預け過ぎると危険か。

須佐八一スサ・ヤイチだ」

 名乗られたら名乗り返すものだろ。まあ戸籍はこの名前で登録しているし本名ということでいいはずだ。

開左カイザに似たか?利発そうだ」

 開左カイザの奴みたいな目つきじゃねえか。俺はけっこう好きだな。ガキの目つきじゃねえけど。

「でしょー?あっちの方がまた不穏な状況になってきたから移ってもらうことにしたの」

 斬島家は人斬りの一族で闇の社会ではなかなか有名だ。御試御用が明治にその役目を失ったと共に何故か飛躍しつい最近までブイブイ言わせていた。後楽園アトラクエンの旦那……実質旦那の開左カイザが本家を皆殺しにしたはずだがよく一回斬島キリシマ頼れたな。頼ろうとしたな。分家筋や家から追放されてカタギになった連中とは比較的仲良かったか?アイツはようわからん。

 しかしお互い忙しくて同衾する機会も無さそうなのによく二人目も作れたな。それに人間と神だと生殖も難し……別にそうでもないか。



 亜沙が預けられてから時間が過ぎ、俺の仕事がだいぶ楽になった。俺は探偵事務所をしているが、ここ来る依頼のほとんどは怪異や悪霊をどうにかしてくれというものだ。人間を消したかったり、秘密を探りたかったら別のところに依頼が行く。行ってくれ。殺人は専門の業者に行ってくれ。暗殺はそんなに面白くもないし、いつ貸し借りで見過ごしてくれるラインを超えて後楽園アトラクエンに襲われるか分からん。カタギを巻き込むような仕事は蹴っているからセーフだと思うが。

 本日は昔殺人事件があった一軒家に何かよくわからないものがいると闇の不動産屋に泣きつかれて、仕事だ。散歩みたいな仕事だし、亜沙一人でも何とかなるだろ。大丈夫じゃないと俺が開左カイザ後楽園アトラクエンを相手にすることになる。勘弁して欲しい。まだ俺も完全じゃないからな。

「行け」

 亜沙の命令で不定形の冒涜的な生命体が名前も知らん怪異を挽肉にする。

 アレたぶんショゴスだよな。俺は詳しくないんだけど。なんでショゴスをサラッと召喚できるようになっているんだ。知り合いの陰陽師にリモート授業させたとはいえこんな物覚えいいものなの?

「姐さん、終わりました」

 ショゴスが強制送還される。何処から呼び出しているのか知らんし帰る場所が何処かも知らん。

「ご苦労。これでお前も一人前だ」

 さっきコンビニで買った凄い硬いアイスが入ったビニール袋を掲げる。プラモが欲しくてくじ引いて手に入れたクリアファイルとかアクリルキーホルダーとかも入っている。

「じゃあ一人前分のお賃金が欲しいなあ」

 ちっ。アイスじゃあ誤魔化せんか。コイツの口座に万札突っ込まないとダメか。まあ俺は依頼人と話すだけだし、実際に身体動かしてないし。

「えー。嫌だが。そういうのは中学入ってからにしろ。してくれ」

「中学になっても母さんと暮らせないなら、本格的に姐さんのところに就職してもいいかな?」

 コイツさあ。陰陽師崩れとか闇魔術師よりはずっと強いけど、まだ小学生なんだよなあ。家族で一緒に暮らしたいみたいな感情あるんだよなあ。可愛い奴だ。

「お前は警察になれ」

 治安は一向に良くなる気配はなく、開左カイザ後楽園アトラクエンも身内と暮らせる日など来ない。馬鹿じゃないならそれくらい分かっていると思うが、口にするほど俺も無神経ではないので言わない。俺は亜沙を抱きしめる。

「姐さん、アイスが当たって冷たい。痛い痛い!!」

「すまんな」

 人と関わり過ぎて、俺もだいぶ弱くなってしまった。俺はただもう一度スサノオと殴り合いたいだけなんだが。俺の名前は須佐八一スサ・ヤイチ。八岐大蛇の八分の一という諧謔ユーモアを俺の戸籍名に込めた。面白がってくれる相手も年々増えてきて悪くないと思っている。 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る