第57話 決戦前

 ユードラに言われた通り、俺は部隊編成を進めた。力の適応者には、元となったものに専属でコーチを付け、それ以外には銃火器の扱い方講座を義務として受けさせる。また、各都市との連携も怠らない。不測の事態に備え、いついかなる時でもすぐに元町に来れるよう、道も整備する。


 そう言えば、力を発生させる細菌の研究について、俺もちょっとずつだが、ユードラと共に出来るようになった。俺は革命の指導者であると同時に、一端の科学者の卵でもある。だから、こういう機会はありがたい。


「ねぇ、最近ユードラさんと仲良いね。何かあったの?」


 そうそう、ソウを初めとした屋敷のメンバーからこんなことを言われるようになってしまった。ただ、勘違いして欲しくないのが、別に特段普段と変わった様子を見せていない、ということだけ。


 あれから敵襲も無い。多分だけど、ルーブ帝国は既にイディアシナへの植民地計画を諦めたのではないだろうか。


 この期間、俺はかなり順風満帆な生活を出来ていた。戦いは無いし、過重労働と無いし、ユードラはいつも優しい笑顔を向けてくれている。何一つ不自由ない生活。


 あとは、革命を成し遂げるだけ。そのうち、ユードラが言っていた『私がいなくても』などといった意味深な言葉は、忘却の彼方へと送られてしまっていた。そんなこんなで、2ヶ月が過ぎた。




 それは、なんともない日の朝だった。いつも俺のことを起こしてくれるユードラ目覚ましが、今日はどうやら不調みたい。そんな日もあるだろう。俺は楽観的な思考でユードラの部屋へと向かった。


「おーい、いるかー」


 ノックと共に声をかける。返事は無い。こんなこと、今まであったか? 俺は周囲を警戒しながら、恐る恐るその扉を開けた。


「な……」


 俺の眼前に広がっていたのは、荒らされたユードラの部屋と、ベッドの上に置かれた一通の手紙であった。俺は急いでその場に向かい、手紙を読む。


 そこに書かれていたのは『ユードラは我らインガー共和国が預かった。返して欲しければ単身でここまで来るがいい』という文章と、恐らく本拠地を表した、1枚の地図だった。


「ユードラ……!」


 そこで俺はようやく、彼女の言葉の意味を理解した。なんで俺は気づかなかったのだろう。報復が来るって。


「ヒロト! 何があった!」


 マサトシが部屋に飛び込んできた。


「これは……」


「多分、インガー共和国の奴らの仕業だ」


「インガー?」


 そうだ、この秘密は俺とユードラしか知らない。俺は噛み砕いてマサトシに説明した。


「なるほど……その侵入者とやらは誰も気づかなかったのだろう? なら、向こうには暗殺や諜報に優れた能力者がいると行ってもいいな」


「うん。そして、何故ユードラだけをさらったんだ?」


「多分、ヒロトをさらったところで返り討ちにされる危険があったからだろうな。それなら、金髪を狙った方がまだマシ、とでも考えたんだろう」


「なるほどな……」


 納得した。奴ら、汚ぇぞ。


「ん? なんだこれ?」


 マサトシは下に散らばっていた紙くずの中から、赤色のヤマト語で書かれた1枚を手に取った。


「これ、『ヒロトへ』って書いてあるぞ」


「! ちょっと見せてくれ!」


 もしかしたら、ユードラが俺たちに残したメッセージかもしれない。俺は急いでその手紙を受け取り、中を開いた。


『ヒロト君へ。これを君が読んでいるということは、私がインガーに連れ去られた、ということだろう。ただ、焦ってはいけない。君は冷静に対処すればいいだけだ』


 力強い字で書かれたメッセージは、下まで続く。


『私の安否に関しては心配するな。私はしぶといからな。それよりも、君はまずインガーを倒すことに集中しろ。君の知識と皆の力が合わされば、倒せない敵などいない。幸運を祈るよ――ユードラ・キリサメ』


「っっっ!」


 強がりやがって、ユードラ。お前だって、不安なはずなのに。


 でも、お前の気持ち、受け取ったぜ。


「マサトシ、今すぐに全部隊の隊長を呼べ。戦略会議だ」


「ああ、分かった」

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