第56話 銀河

「お前、何を……」


「お前らなら何をするか、よく知っているだろう」


 ユードラはその手に見覚えのある球体を持ち、それを口元に運んだ。


「まさか……!今すぐその手を止めろぉぉぉ!」


「もう、遅いよ」


 ユードラがそれを口にした時、辺りの暗闇を澄んだ青色の光が包み込んだ。


 その光は数刻の後に収まった。そして、光の中から現れたのは、その目を更に美しい蒼に輝かせた、ユードラの姿だった。


「それじゃあ、やろう」


 ユードラは目にも止まらぬ速さで黒髪に近づき、その身体に触れた。


「ぐ、ぐが、が、あ」


 ユードラが触れた刹那、奴はその身体を痙攣させ、そのまま泡を吹いて倒れた。


「素晴らしい。毒の能力か。私にピッタリだ」


「キミ! 裏切ったのカ!」


「裏切る? だから何度も言ってるじゃん。いつから私は君たちの味方になったのかって」


 ユードラは再び足を走らせ、今度は赤毛の目の前へと近づいた。そして、その手を喉元に伸ばし、ギュッと握りこんだ。


「あ、が、」


「へぇ〜。君たちがヒロト君に盛った毒、一般人にやるとこんな風になるんだ」


「ゆ、ユードラ……許さ、ない」


「許さないってさぁ、それ、何? 今更何か出来るのかって。じゃあ、さっさと終わらさてあげようか」


 ユードラはそう言うと、動けなくなった奴の身体をヒョイと持ち上げ、そのまま海へと放り投げた。


「あの様子じゃ、奴は直に溺れ死ぬ。これで、完全勝利だね」


 ユードラはその身体をぐーっと捩らせ、ひと仕事終わったかのようにため息をついた。


「ユードラ……」


 俺がそう声を漏らすと、ユードラは今まで意識の範疇の中に無かったかのような素振りを見せながら、こちらを向いた。


「まぁ、なんだ。私にしては理論的では無いけど、これが『動かされちゃった』ってやつ?」


 おいおい、なんだよそりゃ。でも、よかった。君と過ごしてきた時間は、俺だけの宝物では無かったみたいだ。


「あ、そうだ。手当しないと」


 そう言って、ユードラは俺の身体に手を当てる。すると、今まで身体を支配していた痺れや痛みが消え、身体に軽やかさが戻ってきた。


「すげぇ……そんなことも出来るのか」


「ただ、やはり私は純粋なヤマト人では無いからな。時間制限があるみたいだ。今はもう、力を使えない」


 ユードラの目から、青い煌めきが消えていた。なるほど、これが出ている間しか力を使えない訳だな。


「てかさ、ユードラ。本当に俺のこと裏切ろうとしてたの?」


 俺は軽い気持ちで尋ねた。すると、ユードラは申し訳なさそうな顔をして、弱々しい笑顔を作った。


「実は、本当なんだ。奴らが言っていたことは全部本当。でも、ヒロト君にああやって言われて、私の心はおかしくなっちゃった。リスクリターンのバランスなんて、どうでもよくなるくらいにね」


「ははは、そりゃすげぇことだぜ」


 ユードラにそんなこと起こさせるなんて、本当に奇跡以外の何物でもない。マジで、良かった。あそこでふんばって声を出せて。こんな小さな行動1つで、変わることはあるんだな。


「そうだ。私も1つ確認したいことがあった」


「?」


「君があの時放った『好き』って言葉、これは嘘じゃないよね」


 ユードラにそう言われた瞬間、俺の顔はマグマのように発火した。やっべー。勢いで口走っちゃったけど、俺、とんでもなく恥ずいこと言ってたわ。ただ、これが俺の本心だってのは変わらなねぇ。


「……ああ、好きだよ」


「よかった!」


 ユードラはそう言うと、俺の身体を砂浜へと押し倒した。


「私がリスク度外視で選んだ決断なんだ。君と一緒にいるっていうことは。責任、取ってくれるよね」


「ああ、もちろん」


 俺たちは誰もいない夜の浜辺で、蜜月の時を過ごした。


――


 あの後、俺たちは直ぐにその場を後にし、何事も無かったかのような顔で屋敷へと戻り、そのまま眠りについた。


「やぁ、ヒロト君。おはよう」


 次の日、ユードラは何食わぬ顔で俺の部屋にやってきた。


「ああ、おはよう。どうした、こんな早くに」


「そろそろ、最終決戦の準備をしないといけないと思ってな」


「さ、最終決戦?」


「うん。昨日のあれのせいで、私たちはインガー共和国を敵に回した。奴らは持てる最大の力でこちらに襲いかかってくるだろう。それに対する対策さ」


 なるほど、そう言うことか。確かにそれはマストだな。


「今回はヒロト君に任せてみようかな。私がいなくても、できるようにね」


「? 分かった」


 俺は快く了承した。ただ、『私がいなくても』という所。ここに少しの引っかかりを覚えてしまった。

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