第55話 嘘で踊れ

「ゆ、ユードラ……」


 全身から力が抜ける。痛みは感じなくなった。ただ、身体全ての機能が停止してしまったみたいな――そんな感覚に陥った。俺はそんな自分にむち打って、僅かに残された力で首をあげる。


「……」


 ユードラはまたもや何も答えない。おいおい、どうなってやがんだ。


「やぁやぁ救世主……ヒロト君、で良かったかな?」


 そんな俺を見下ろすかのように、2人の男が近づいてきた。ヤマト人ではありえないほど大きな身体。そして、筋肉質。喋っている言語はルーブ語だが、ルーブ帝国の奴らが使っていたものとはどこか違う。なんというか、訛りみたいなものがあった。


「誰だ……てめぇら。ルーブの人間か」


「と、思うよネ? ざーんねん、違いマース!」


 さっき俺に話しかけてきた方とは違う、訛りがより強い男が声を発した。さっきの男はまっすぐと伸びた黒髪であったが、こっちは赤毛でくせっ毛。そして、少し細身。


「俺たちはルーブの隣国であり敵対国、『インガー共和国』からの使者だ。もちろん、ユードラもそう」


「な……」


 インガー。どこだ、そこ。聞いたこともねぇぞ。


「イディアシナの利権はオレたちも狙ってたんだよネー。そこで、現地民に反乱を起こさせ、発展したところでぶんどっちまおう、って計画を立ててたワケ。キミはそれにマンマと引っかかってくれたんダー」


「そ、そんな……」


 じゃあ、なんだよ。俺は奴らの手で踊らされてたってことかよ。


 ユードラ、お前は俺を裏切る気でずっと、俺と接していたのか。なぁ、おい!


「それで、この領地は我らとユードラの共同統治、ということにさせてもらう。お前の役目はここで終わり。ただ、それじゃあ勿体ないだろう? そこで、貴様をこれからインガーに連れて帰り、実験体として運用させてもらう」


「は……?」


「キミが手にした能力、まだまだ謎が多いんだよネ。だから、その謎を解く手がかりとして、キミを利用させてもらうってハナシ」


 クソが。そんなのアリかよ。


「そうだな。冥土の土産に教えてやろう。お前の力の正体を。そう、それは――細菌だ」


「さい、きん?」


「ああ、そうだ。深紅の蓮の蜜には、選ばれしヤマト人に接触すると、人智を超えた力を対象に付与する細菌が含まれている。実際、それがどんな原理で起こっているか分からない。だから、貴様を利用させてもらうぞ」


 細菌。そんなの、教えてもらったこと無かったな。そりゃ、真実に辿り着くなんて出来ない訳だ。そして、俺が力の正体についてそこまで惹かれたのにも納得が行く。だって、すげぇ面白そうな題材じゃん。細菌なんて。


 ただ、1つ悲しいのは、それをもう研究出来ないってことだな。


「キミの研究を利用して、ボクたちは能力持ちヤマト人の兵団を作る。そうして、世界を制してやるんダ!」


「それはそれは……随分と大層な目標で」


「強がりはよせ。それに、そうやって言葉を発するのもだいぶキツイだろう」


 まぁ、あながち間違いじゃ無い。多分これは、神経系の毒だろうな。フジヤマの再生能力で辛うじて口を動かせているが、それで精一杯。


「さぁ、そろそろ出港だ。あそこに船は泊めてある。俺たちがおぶって連れていくから安心しろ」


「ま、待て……」


「ん? なんだ、ユードラとの最後の挨拶カ? それなら、いいヨ。待とウ」


 そう言うと赤毛の男は俺を掴んでいた手を離し、俺を砂浜へと投げ捨てた。屈辱的だが、これで結構。


 俺はユードラに視線を向け、ゆっくりと口を開いた。


「なぁ、お前は本当にそれでいいのかよ!」


「……」


 ユードラは反応を示さない。だが、俺は続ける。


「お前と過ごした数年間は、俺の人生にとってかけがえのないものだった。知らないもの、知らない人、知らない感情。お前と出会えて得たられた全てとその喜びを、俺はお前と共有しているつもりだった!」


 心が疼く。声が止まらない。それでいい。今は、俺の心に全てを任せたい。俺の行く末、皆の未来を。


「俺は嫌だよ! こんなのでサヨナラなんて! なぁユードラ。お前はどうなんだ! これで終わりでもいいから、それだけ教えてくれ!」


「……」


 彼女の表情は崩れない。


「ユードラ、俺はお前が好きだ! この世の中の誰よりも好きだ! 今までは伝えられなかったけど、最後だから言うよ! だから、教えてくれ! 俺に、ケジメを付けさせてくれ!」


 そう、俺はやっぱり、彼女が好きだ。元々、綺麗な容姿だとは思っていた。でも、それに惹かれたわけじゃない。彼女の心に惹かれた。


 冷静さの中に垣間見える優しさ。指導者としての平坦さに垣間見える人間臭さ。そして、俺に何度も見せてくれたあの笑顔。


 だから、最後に言わせてくれ。


「ユードラぁぁぁぁ! 俺はお前がすきだぁぁぁぁ!」


 瞬間、ユードラの耳がぴくりと動いた。


「はい、ソコマデ!」


 過呼吸になりそうなほど暴れている口を、赤毛によってグチャっと抑え込まれた。それと同時に、俺の言葉は拙く消え失せた。


「ボク、嫌いなんだよネー。こういうドラマチックでハッピーエンドになっちゃいそうな喜劇ってさ。だから、ここでオシマイ! ほら、ユードラ。早く連れてっちゃお!」


 ああ、これで終わりか。全く、現実ってのは残酷だぜ。無念、なんて言葉あるけど、これじゃそんなの、吐けねぇな。


「待て」


 奴らが俺を担ぎあげたその時、ユードラが、声を発した。


「ン? 何かな、ユードラ」


「お前は私の出自を、覚えているか」


「ああ、もちろん! 奴隷商のインガー人と、奴隷であったヤマト人との子だよね」


「よく知ってるじゃないか。なら……」


 ユードラはその赤色のローブに手を突っ込み、何かを取り出した。


「何故私が完全にお前らの味方だと思えたんだ?」

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