第54話 真実
遂にだ。遂に来た。このために俺は今まで頑張って来た。
「分かった。今日の夜な」
「私が迎えに行くよ。部屋で待ってて」
「了解」
そういや、この街の近くに海があるなんて知らなかったな。まぁ、川を下ってけばあるんだろうけど。ここはとりあえず、ユードラに任せておくのが正解だろう。
「それじゃ、また後で」
ユードラはそう言い残し、俺の元から去っていった。
「……ふふふ」
「なに1人で笑ってるのさ」
業務中、通りかかったソウに怪しい目で見られちまった。俺、そんな変な顔してたかなぁ。まぁ、いいや。
「ソウも科学者になったら分かるよ」
「ふーん」
ソウはどうでも良さそうな声で返事をした。いずれ分かるさ。もしソウが科学者を志すならね。疑問が解ける楽しさっていうのは、何事にも変え難い。もちろん、自分で解く方が楽しいけど、この事案に関しては俺の知識を超えてるからな。それに、今すぐ知らなきゃいけない。そんな気がしたから。
その日の業務は、ウキウキし過ぎてあまり手につかなかった。
――
「いるか、ヒロト君」
夜の帳が空を支配した頃、ユードラは俺の部屋の戸を叩いた。待ってました。
「ああ、いるぜ」
俺はそれに応えるかのように手を伸ばし、扉を開けユードラの顔を拝んだ。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
俺は何も持たず、ただユードラに導かれるまま屋敷を出た。
進む。進む。ユードラの後ろをゆっくりと進む。通る道は山道のようであったり、草原であったり様々。どこに向かっているかは分からない。ただ、海岸としか言われてないからな。
「海、行ったことある?」
「あるある。ただ、そう深く関わったことは無いな。たまに、仕事で寄るくらい」
「そうか。じゃあ、こういう余暇で来るのは人生初めてなんだな」
「そそ。そういや、どこら辺にあるの? さっきも言ったけど、俺、ここから海なんて見たことないんだけど」
「すぐ近くさ。新谷へ向かう峠があるだろ? あそこを横に逸れればすぐ。角度的にここからじゃ峠が邪魔して見えなかったんだよね」
あー、なるほど。そういう事か。確か、いつか見せてもらったイディアシナ全域の地図にそう書いてあった気がする。俺らがいる元町は、イディアシナの中でも最南端なんだよな。だから、海も近い。確かそんな感じだったはず。
「あの峠を越えれる体力があるなら問題ないだろう」
「まぁな」
「じゃ、歩こうか」
俺たちは歩み続ける。まだ見ぬ地を目指して。
――
「着いた」
ゴトゴトした山道を抜けてしばらく、ユードラは急に立ち止まり、その人差し指を彼方に向けた。俺は下に向けていた顔を上げ、ユードラの手の先を見る。
「うわぁ……」
そこに広がっていたのは、月明かりに照らされ、深い暗闇の中で白色の煌めきを放つ、紺の大海原であった。決して色鮮やかでは無い。だが、その光は俺の心を強く打ち鳴らし、どんな宝石よりも清く美しく見えた。今まで地面を見つめていたことが惜しくなるくらいに。
「これが、海……なのか」
俺はあまりの美しさに、道半ばながら立ちつくしてしまった。普段の仕事で見てきたものとは、全くの別物。
「もっと近くで見てみないか」
「うん! うん!」
俺は子供のように無邪気な声を発し、海へと駆け寄った。
砂浜に足を取られながら走る。俺の所はこんな立派な砂丘なんてなく、ゴツゴツの岩まみれだったから、新鮮だ。サラサラしてて気持ちいい。こんな身近に未知が眠っているなんて、やっぱり世界はすげぇなぁ。
「どうだい? 何か感じるものがあればいいんだけど」
「ああ、すげぇよ。言葉では上手く言い表せないんだが、なんと言うか……生命の神秘? みたいな」
「生命、か。いい言葉を使うね」
ユードラは俺の言葉に優しく微笑んだ。
「そう言えば、私の専門の研究について詳しく話したことは無かったな」
「ん、そういやそうだったな。何でも出来ちゃうから、そんなの考えたことも無かったわ。せっかくの機会だし、教えてくんね?」
「もちろん」
ユードラは海を見つめながら、大気を吸い上げ、声を発する。
「私は生物について様々な研究をしているが、最も大きな目標は『生命はどこから来たのか』を解き明かすことなんだ」
「どこから、来たのか……」
いや、レベル高ぇな。知ってはいたけど。俺には見当すらつかねぇぜ。
「未だ答えは出ていない。だが、私はある1つの仮説を立てた。それが『海から生命が生まれた』というものだ」
「ほう」
「話すと長くなるから割愛するが……もし生命並びにタンパク質が合成されるとしたら、それは地上などではなく、液体――つまり海水内だと考えられる」
「だから、生命は海から生まれた、と」
「ざっくりとだがな。だから、さっきヒロト君が『生命の神秘』って言った時、びっくりしたんだ。それと同時に確信した。私の仮説は間違っていないって」
「ユードラ……」
おいおい、俺はそんな高レベルな人間じゃねぇってよ。でも、嬉しいぜ。
「さぁ、もう少し海を見ていこうか」
「そうしよう」
俺はその足につけたまま、蒼黒のうねりを目に焼き付ける。
その時だった。後方で、砂を踏むしゃくりと言う音がしたのは。
この辺に、野生動物でもいるのか? いや、もしそうだとしたら、もっと激しくこちらに接近してくるはず。となると……人か。
まぁ、こんな所に来るやつなんて1人しかいねぇな。ソウ、もしくは屋敷の役人だろう。俺たちの動きを見て、少し着いてきてみたくなっちまったんだな。
「おいおいユードラ。面倒な奴が着いてきちまったな」
俺は微笑を込めて言った。だが、ユードラからの返事は無い。
「……ユードラ?」
まただ。また、無い。こんなこと、今までにあったか? いや、無い。どんなに都合の悪いことでさえ、彼女は答えてくれる。おかしい。明らかに異常だ。
そういや、何か忘れているような……
「あ」
そういや、ユードラに力の正体について教えてもらう日だったじゃん。
「くたばれ!」
「ぐぁっ!」
瞬間、背中から脊髄にかけて、鋭い痛みと痺れが走った。何かで刺されたかのような感覚が、俺の頭を駆け巡る。
「へへへ、よくやってくれたよ。ユードラくん」
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