第45話 若者のすべて
「了解した。それに関してはヒロトと金髪に任せるよ。俺はひとまず本部の屋敷に戻らせてもらう」
「はいよ。ま、俺も屋敷には行くけどね」
そう。屋敷には、まだシゲミツが眠っている。強大な敵と戦い、散っていった英雄が。
「それじゃ移動しようか」
ユードラの言葉で、俺たちは荒れ果てた戦場を後にした。
――
屋敷の中は戦いの処理に追われる人でいっぱいだった。俺はそんな彼らを横目に階段を上がり、シゲミツが待つ場所へと向かう。
「邪魔するぜ」
そう問いながら扉を開ける。答えが帰ってくることは無かった。まぁ、そりゃそうだよな。
部屋の中にいたのは、壁際で項垂れるシゲミツのみだった。服や身体に着いた血は既に変色しており、その黒色が、彼の死をより一層際立たせる。
「お疲れ様、シゲミツ」
1人眠るシゲミツに優しく声をかける。未知の土地に連れてこられ、苦しい労働を強いられて来た中で、初めて出来た友達。その想いが並々ならぬものであると自負している。
瞬間、彼との思い出が走馬灯のように湧き出した。
――
「君、大丈夫?」
シゲミツと出会ったのは、俺がここに送られてから数ヶ月が経った頃だった。この時の俺は、自由への意志を持ちつつも、先が見えない状態だった。仲間は集まらず、武器は無く、日々を生き抜くのに精一杯。
そんな時、俺に声をかけてくれたのがシゲミツだった。彼はなけなしの食料を俺に分け与えこう言った。「奴らの言うことなんて、まともに聞いてたら腐っちゃう。肩の力抜いていこうよ」と。
それを聞いて、俺は確信した。こいつは、自由の意志を心に宿す奴だと。そうして、支配からの脱走を誘ったんだ。
そういえば、喧嘩したこともあったな。いつの事だったか。
「おい、この作戦は無しだろう」
そうだ、思い出した。あれは、俺がまだユードラの授業を受けている最中の時だったな。
俺とシゲミツは次の解放への計画を立てていた。そこで、いざこざが生じたんだ。人命を重要視し過ぎるあまり、非常に非効率な作戦を立てた俺と、それでは更なる被害が生まれると忠告したシゲミツ。言い争いは三日三晩続いた。
結局、あの時はユードラが折衷案を出したことで話はまとまったんだが、その時の俺は酷くそのことを根に持っていたらしい。その日から数日は、シゲミツと口を交わさなかった。
ただ、仲直りはした。いつも、そのきっかけは些細なことだった。例えば、作業を手伝ってくれたとか、細かな気遣いをしてくれたとか。そんな小さなこと。それで仲直りが出来るのだから、俺たちはやはり、良き友であったんだ。
――
いろんなことが、あったな。今でも手に取るように思い出すことが出来ちまう。言いたいことを素直に言える関係だったから、こんなに印象に残ることが多いんだろう。
ただ、1つ大きな心残りがある。それは、俺が精神を病んでから、シゲミツとの会話を極端に避けてしまったことだ。
本当は、もっともっと話したかった。でも、話してしまうと、俺の心が壊れてしまう気がして、話せなかったんだ。話す勇気が無かったんだ。
ごめんな、シゲミツ。あの時、もっと早くお前――親友と話せていたら、俺は戦いに向かい、お前を助けることが出来たのかもしれない。結局、俺がお前を殺したのには変わらないんだ。
でもさ、もしお前が、ここで立ち止まっている俺を見たら、なんて言うかな。まぁ、あらかた想像できるよ。
だから、俺は進み続けるよ。ずっと悩んでいたとしても、苦しみを抱えていたとしても、歩く。悩みながら、苦しみながら、先が見えない荒野だとしても、歩くよ。
だって、そっちの方がマシじゃん。そうやって歩いてる内に、きっと楽しいことや目的が見つかっちまうよ。感傷なんて、歩きながら浸ればいい。気分が上向くまでね。
これは、俺がみんなから教えてもらった実体験。だから、説得力はあるはずだぜ。な、シゲミツ。
「いつまでもこんなとこ、いたくないよな」
待たせてしまって、ごめん。今、連れていくから。俺はシゲミツをすっと抱えあげ、部屋を後にする。
「……」
む。何者かの視線を感じる。……気のせいか。それに、もし誰かが見ているとしても、ここに変な奴に侵入されることはないな。
さ、行こう。
――
「ふぅ……」
俺たちは墓が建ち並ぶ平原に立っていた。例の塔が立つ丘の下にある。屋敷もその近くだ。立地は悪いのに、かなりの人がここに訪れている。それは多分、戦いで亡くなった友人を弔う人が多くいるからだろう。
「ヒロト、墓石を持ってきたぞ」
後方からやってきたのは、その手に立派な石を持ったマサトシと、手ぶらのユードラだった。
「ありがたい。では、早速」
俺はそう言って、墓を地に突き立てる。でも、このままじゃただの石だ。名前を彫ってやらなきゃ。
俺はその指を墓石に押し当て、本当に小さな爆発を起こす。そうして、そのまま文字を書くようになぞった。
「シゲミツのフルネーム、知っているのか」
「ああ。昔、1度だけ聞いたことがあってね」
よし、書けた。俺、そこまで達筆ではないけど、気持ちがこもってるからいいだろう。
「じゃあ、火葬しようか」
「うん。俺がやるよ」
シゲミツの穏やかなその姿に、そっと手を触れた。
「今まで、ありがとう」
俺は別れの炎を起こした。
熱が、光が、シゲミツを飲み込んでいく。これでもう、本当にサヨナラなんだよな。
ごめん、シゲミツ。俺は君の未来を奪った。それはずっと後悔するだろう。それでも、俺は止まる訳には行かない。長として、君の友として、一人の人間として。これが、俺たちの――若者のすべてだ。
最後に、墓に刻んだ言葉を、俺の口から言わせてくれ。
「
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