第44話 会いに

「がぁぁぁぁぁ!」


 トキサダは口から血反吐を吐きながら遥か彼方へと消えていった。ここまで飛ばしちまえば、もう復活は出来ねぇ。眠れ、愚かな狂信者よ。


 なぁ、シゲミツ。仇、取ったぜ。そんなことをしたところで、お前は戻ってこないって知ってるけどさ。それでも、俺はこの手で殺したよ。


「ヒロト」


 背面から聞こえる声。マサトシだ。


「こっちは終わったよ。そっちは」


「ああ、終わった。お前があれを見せつけてくれてから、皆降伏してきやがったよ」


「そうか、それはよかった」


 これでようやくひと段落かな。敵が来そうな気配はもう無いし、残党も居ない。多大な犠牲を払ったが、俺たちの勝利だ。


「帰るとするか」


「うん。そうしよう」


 俺たちはボロボロの荒野を歩み出した。こんなもの、いくらでも修繕できる。それより、この村を守りきれたこと。それがデカい。みんな、俺を立ち上がらせてくれて、ありがとう。


「あ」


 足を進める俺の目に、長く美しい髪を持つ女性――ユードラが写った。


 ユードラは俺に気づくやいなや、その距離をグッと詰めてこういった。


「私は……君が苦しんでいるのを分かっているのに、何も出来なかった。マサトシ君に頼ることしか出来なかった。本当に、申し訳ない。私はここに、いるべきでは無いのかもしれない」


 ユードラは普段と変わらない声色を装いながら言葉を発する。ただ、それはバレバレ。全然偽装なんて出来てない、震えながらの弱々しい声だ。ユードラは賢い。だからこそ、隠すのは上手い。そんなユードラが失敗しているなんて、初めてだ。だから、俺は少し戸惑ってしまった。


 でも、そりゃそうか。冷静になって考えてみたら、そうなるのも分かっちまう。もしマサトシやシゲミツが悩んでいたとして、それに対し俺が何も出来ず、他人に任せるままだとしたら、どうか。


 多分、悔しくてたまらないし、そんな自分を許せないと思う。ユードラは、今、そんなに状態なんだ。それに、シゲミツの死が合わさって、心の中の平穏を保てなくなっているのだろう。


 そんな彼女に手を差し伸べられるのは、俺しかいない。もう、シゲミツはいないんだ。


「顔上げろよ、ユードラ」


 俺は彼女の頭にポンと手を置いた。昔、やってもらったように。


「俺は確かに絶望し、マサトシの出現やシゲミツの死をきっかけに立ち上がった。だけどな、それは昔の俺じゃ決して成し遂げられなかったと思う。ユードラ無しではな」


「……」


「ユードラの授業はな、俺にいろんなものを与えてくれたんだ。それは実学的なものから、思想的なものまで様々。全部、俺の宝物であり、強くなれた理由だ。あの経験があったからこそ、俺は悲しみを乗り越えられたんだぜ」


「だが……」


「でもじゃねぇ。お前はここで、俺なんかを原因に立ち止まっまちゃいけねぇ人間なんだよ」


 俺は口を閉じ、心を深く燃やしながら、再び冷静に言葉を発した。


「ユードラ、お前の目標はなんだ。大勢の人を巻き込み、殺し、それでも達成したい、そんな目標――忘れたとは言わせねぇよ」


「私の……目標」


 思い出せ、ユードラ。絶望の中に置いてきたものを。一過性の悲しみに囚われるな。お前の夢は、俺が終わらせねぇ。


「ユードラ、あまり気負い過ぎるな。お前は、お前のことだけ考えてればいい」


 俺は渾身の言葉をユードラに送った。優しく、綿毛に包まれたような暖かな言葉で。


「……悪い」


 ダメか。ダメなのか。俺の言葉、届かないのか。


「私はどうやら、とんでもない勘違いをしていたみたいだ」


 いや、ダメじゃない。こちらを見据えたユードラの輝く目を見れば、一目瞭然だ。


「そうだよな。こうやって悲しむことが、誰のためになろうか。そんなの、死んで行った皆も、シゲミツ君も絶対望んでない」


 これは……もしかして、俺の言葉、届いたのか。


「ヒロト君、君は凄いな。自分が助けられた直後なのに、更に人を助けるとは。これこそ、真の救世主だな」


「お、おぉ……おぉ!」


 ユードラは眩しい喜びを心に戻し、こちらに微笑みかけた。まるで一輪の百合のように。それを見た瞬間、無性に嬉しく、そして叫びたくなった。


 その時、俺は思った。俺は誰かのこんな笑顔を作るために戦っているのだと。そして気づいた。自由とは、このような笑顔をどこでも作れるようにすることだと。最後に決断した。一刻も早く革命を成し遂げると。


「改めて見ると、結構かっこいい顔してるんだな、君は」


 ユードラが呟く。俺の顔をマジマジと見ていたからな。そう勘違いしちまったんだろう。


「そういうユードラも、綺麗だぜ。ま、これは改めなくてもずっと知ってたけどな」


「恥ずかしいよ」


 こんな会話、したことないぜ。誰とも、な。


「惚気中失礼させて頂きたいのだが」


「あ、悪ぃ。てかなんだよ惚気って」


 そんなつもりねぇぞ、マサトシ。


「捕虜として確保した奴らが、今頃街でごった返しになってるかもしれない。早急な対応を希望するのだが」


「それに関しては抜かりない。君たちが屋敷を出る前、一応指示は出しておいたんでね。捕虜は受け入れ、軟禁し尋問した後、仲間として受け入れると。うちの優秀な部下なら、問題ないだろう」


「そうか。金髪が言うならそうなのだろう」


「金髪ではなくてユードラ、という名前があるのだがな。まぁいい。マサトシ君の言う通り、私たちも対応に加わった方がいいだろう。行こう、ヒロト君」


「うん。あ、1ついい?」


「どうしたヒロト。気になることあったら何でも言えよ」


 マサトシは軽い口調で言った。俺はそんな親友に、少し声の色を落として言った。


「シゲミツの……仲間の墓を建ててやりたいんだ」

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