第43話 烈火天掌
奴の拳はもう既に離れている。それなのに吹っ飛ばされる勢いは落ちず、逆に増しているみたいだ。必死に抗おうとしても、不可能。身体を前に動かそうとしても自由に動かせなかった。
「これはまさか……重力?」
いや、落ち着け。普通、重力は下向きにしか働かない。後方へ向かう重力など、あるはずがない。だが、この重みは……重力そのものだ。それしかありえないほど、酷似している。
「!」
そうだ。このまま吹っ飛ばされたままじゃ、味方や街の建築物にぶつかっちまう。こうしている間にも、進むスピードは上がってしまっている。何とかしねぇと。
「そうだ、あの技なら!」
俺は土壇場で少し昔の記憶――ユードラとの授業を思い出した。ユードラが教えてくれたことに、この状況を打開する方法が、あったはず。記憶もうる覚えだし、一か八かだが……やってみるしかない。
手を後ろに構え、息を整える。これはタイミングが重要だからな。チャンスは1度きりだ。
「行け!」
俺は手のひらで爆発を生み出し、それを後方へと打ち出した。すると、今まで吹っ飛ばされるがままだった俺の身体が、莫大な力を得、前方へと進み始めた。
「よっしゃ、成功!」
そう、これは『推力』とユードラが読んでいたもの。空気を押したことにより生まれた力みで、前方へと進む。これは、自ら爆発を生み出すことが出来る俺にしかできねぇ!
勢いを衰えさせず進み続ける。向かう先は1つ、あいつの所だ。さぁ、そろそろ見えてくる頃だぜ。
見えた。俺は手のひらで起こしていた爆発を止め、身体の向きを変え地に足を下ろした。
「や。ただいま」
「なに!? どうやって戻ってきた!」
その顔その顔。それが見たかった! お前ら神様でも、こんな技出来ねぇだろうな。
「まぁ、んな事はいいんだよ。やろうぜ、もうイッチ!」
「くそがぁぁぁ!」
トキサダは馬鹿の一つ覚えにこちらへ突っ込んできた。ただ、二度は通用しねぇ。何せ、避けりゃいいんだからな。
「何故だ! 何故当たらない!」
「そりゃ、場数が足りねぇよ。踏んできた戦闘の場数がな! てめぇらの神様、力はくれても戦い方は教えてもらってないみてぇだな!」
「ちくしょぉぉぉ!」
迫り来る連打の数々。だが、見切れる。奴の動きは早いが、俺の方が数段上だ。このまま避け続けるぞ。
「! 見えた!」
一瞬の煌めきのように生まれた隙。俺はそこに、強烈な一撃――拳を食らわせた。本当ほ爆発を起こしたかったが、その余裕と時間は無かった。
「ぐふぉぉぉ!」
トキサダは苦痛の声を漏らす。今度はお前が吹っ飛ばされる番だぜ。
それとあいつ、根性はあんまり無いみたいだ。この数分の格闘で疲れが見えてたし。このダメージも相当なように思える。ただ、この技術、ぜひ欲しい。鍛えれば相当な強さになる。いっちょ、こっちからも勧誘してみっか。
「なぁ、お前、そんなに神様が好きなんだな」
「ああ……あのお方は私の全てだ。私を救ってくださり、生きる希望を与えてくれた最高神だ」
はっ、気分がいいくらいの狂信っぷりだ。だからこそ、ぶっ壊してやる。そこに新しい価値観をくれてやるんだ。
「俺も救世主とか言ってな、みんなを先導したこともあったよ。だがな、それを通じてわかったことがある」
「? なんだそれは」
「この世に絶対的なものなんて、ない。神様みたいなものなんて、よっぽどだ。つまりだな。神はもう死んでいるんだよ」
冷徹に、それでいて不快感なく。冷静に事実を突きつけるのが、1番効く。
「あ、」
「あ?」
「あああああああ! うるせぇぇぇぇ!」
くそが。発狂しやがった。よっぽど、こいつの胸の中に深く根付いてやがったんだな、デウシリウス。
「これでも喰らえぇぇぇ!」
トキサダは地面に手を突っ込み、巨大な岩を掘りあげた。そして、それを思いっきり振りかぶり、こちらに飛ばした。
「ははははは! 私の能力は、触れたものに働く『重力』を自由自在に操る能力! そして重力は重ければ重いほど強くなる! 私の身体にかかる重力は操れないが、これで十分だ!」
やっぱしか。俺の予想通りだ。岩石はその鈍重な身体からは考えられないほど高速でこちらに向かってくる。生半可な技じゃ跳ね返されるな。
ならば、こちらも全力をぶつけるのみ!
「ふぅ……」
コンマ1秒を競う戦い。だからこそ、心を落ち着かせる必要がある。力を上手く伝えるには、静から動が大切だからな。
さぁ、俺はどうするか。答えはもう既に決まっている。今までの俺が出せる最高出力では、この岩を壊すことは出来ないだろう。 爆発を出したところで、跳ね返されてしまう。だからこそ、新技を使うしかない。今、ここで考えついた新技を!
地面を踏み込み、どっしりと構える。そうすることで、力を一点に集中させることが出来る。対象は、もちろん右腕だ。
拳をグッと握り込み、後ろに引く。そして、拳の先端に光弾を生み出した。時が来たら、一気にこいつを解放して、最高速で突きを食らわす。
今だ。
俺は身体の止め具を外し、溜めていた力を思い切り放出する。その一撃は、まるで銃弾の如き速度で発射され、強大な敵を打ち壊さんと勢いを強めていく。
「散れぇぇぇぇ!」
加速に加速を重ねた拳が岩と衝突する時、取り付けていた光弾が爆発を起こした。拳の速度を受け取ったそれは、異次元の衝撃を孕んでいる。
速度×衝撃。2つの技術が合わさったその弾丸は、巨石を跡形もなく打ち砕いた。
「な、な、なんだとぉぉぉ!」
トキサダの驚愕と感嘆の声が戦場に響く。ご声援どうもだが、まだまだ俺の攻勢は終わらねぇぞ!
つまり、これをてめぇの顔面にもお見舞いしてやるってことだ!
呆気に取られる奴を尻目に、一瞬にして距離を詰める。そして、さっきと同じように腕を構え、目標を見据えた。
「フジヤマ変幻乃技・参。
爆破の火炎を纏った拳が、トキサダの顔を打ち砕く。
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