第42話 デウシリウス教
「私はトキサダ。あのめちゃくちゃな爆発、君がやったんだろ?」
赤い軍服を来た男――トキサダは言った。見るに、年齢は20か30くらいだろう。これといって特徴は無い顔と背格好だが、血管の浮き出た立派な筋肉だけは目につく。奴隷労働に従事し、栄養もろくに与えられてない奴からは考えられないほど肥大しているそれは、彼がただの奴隷では無いことを意味していた。
「だとしたら、どうする?」
「君は私を殺しに来たはずだ。だが、待て。少し話をしよう」
「話?」
泣き落とし……ではないな。それにしては顔が明るすぎる。さぁ、言ってみろ。
「君……デウシリウス教に興味はないか?」
「え?」
何を言い出すかと思えば宗教勧誘かよ。それに、デウシリウスだって? 俺はこの名前を知っているぞ。そうだ! ヤマトでそこそこ流行ってた宗教じゃねぇか。もちろん俺は入ってなかったけど。
「なぁ、なんで俺に宗教を進めるんだ?」
「そんなの決まってるじゃないか。俺はお前と似たようなモノを持っている。それ即ち『洗礼』を受けた者……ということになる!」
「……は?」
おいおいおい。なんだコイツ。まるで意味が分からんぞ! コイツは何を言っている? そして、俺はどう返せばいい?
「ごめん、俺あんまよく分からないや」
「はぁ……もう少し勉強しろ。いい、俺が詳しく教えてやる」
俺の学が無いだと!? それ、間接的にユードラのことバカにしてるってことだよな。ふざけんな。
まぁ、ここで切れてもしょうがねぇな。それより、あいつの言い分を聞いた方がよっぽどマシだ。俺は自分をぎゅっと押し殺し、耳を傾けた。
「あれは数ヶ月前のことだったか。あの時の私は、生きる希望を失っていたんだ。辛い労働、貧しい暮らし、夢を奪われた毎日……。死さえ何度も考えた。でも、そんなある日、デウシリウス教の宣教師様が村にやってきたんだ」
「ほう」
「彼らは奴隷主どもを一喝し、俺たちの環境を改善してくれた。労働は常識の範囲内に収めてくれたし、土曜日にはお休みも作ってくれた。それに、ありがたい教えも授けてくれたんだ」
ここまで聞く分には、まぁまともな活動かに思える。でも、こうして攻めてきている以上、まともじゃないのは確か。次の言葉に注目、だな。
「で、宣教師様は私たちに入信を進めてくれた。もちろんしたさ。そうして、その儀式として『洗礼』が行われた」
「洗礼……」
さっき初めて聞いたワードだ。洗礼。個人的には、これが怪しく見える。
「女子供を除いた、私を含む男30名は暗く閉ざされた部屋に招かれ、そこで怪しく光る深紅の玉を手渡された。そして、宣教師様はそれを食えと私たちに仰ったのだ」
「!」
深紅の玉。それは多分、俺が口にしたものと同じだ。色の違いこそあれど、それは暗い部屋だったからだろう。
「私は言われた通り、その玉を食べた。それと同時に、雷に打たれたような衝撃が身体を走り、気絶した。次に目覚めた時には、能力に目覚めていた、というわけだ」
なるほど、読めてきたぞ。多分、こいつらの村は実験台に使われたんだろう。能力に適合できる人間探しの。判別の方法がわかってない時点で、ユードラより技術が低いのは明白。だからこその、実験だ。
待てよ。もし適正の無いものが玉を食べたら、どうなるんだ。
「お前が目覚め、力を手に入れたのは分かった。だが、そうなれなかったものは」
「死んだよ。宣教師様曰く、私に力を与えるための尊い犠牲となったらしい。だから、私は仲間たちに感謝しているよ」
ああ、やっぱりこいつも狂ってたか。いや、もしかしたらこいつも被害者なのかもしれない。極限の状況に置かれた人間は、善悪の判断が付きにくい。
最も悪いのは、人の弱さに漬け込み、殺戮兵器を作った、デウシリウス教だ。
「分かった。じゃあ、俺たちを蹂躙するのも」
「デウシリウスの教えさ。教団に入らないルーブ以外の異国の者は、全て殺せと言うね」
「そっかそっか」
で、済ませられるかよ。
「じゃあ、早速……」
「あのさ、1個言わせてもらってもいい」
「なんだい?」
話の腰を折られたのが気に入らなかったのか、トキサダは非常に怪訝そうな表情をこちらに向けた。俺はそれを気にも止めず、話を続ける。
「お前らの考えを否定するつもりも、信仰を咎めることをするつもりもねぇよ。でも、もし俺がお前を評価するのなら――」
目を見開き、親指を立てた右腕を下に振り下ろす。挑発的に、挑戦的に。
「お前ら、クソ野郎だよ」
ほら、俺を勧誘しに来たんだろう? 耐えてみろよ、こんぐらい! もし危害を加えるなら、容赦しねぇ。
「な……」
「な?」
「舐めるなよぉぉぉぉ!」
トキサダは激昂し、声を荒らげながら足を滑らせる。その力はやはり本物で、一瞬のうちに距離を詰めてきやがった。だが、受け止められないほどじゃない。
「ふん!」
俺は迫り来る奴の拳を、胸の前に腕を組んで受け止めた。威力が特別優れているとか、そういう訳では無さそうだな。
「へん。大したことねぇな!」
俺はそう吐き捨て、反撃の一撃を喰らわせようとした。
「……ん?」
あれ、おかしいな。身体が前に進まねぇ。それどころか、後退しているような感覚さえある。いや、感覚だけじゃあない。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
俺は何かに引っ張られているかのように、後方、空中へと吹っ飛ばされた。
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