第37話 荒野を歩け


 なぁ、神様。もしいるんだったら答えてくれよ。お前はどうして、どうしてこんなに俺のことを苦しめるんだ。


「しかも、情報によると『ヒロト君と同じような超能力』を持つ奴がいるらしい」


「おいおいおい……」


 いずれ、来るだろうとは予想出来ていた。こんなにたくさんのヤマト人が入れば、敵が持っていてもおかしくないって。ユードラが何個も持っていた時点で、敵側があの『力を目覚めさせる謎の球体』を持っていてもおかしくないって。俺も、ユードラも。


 でも、なんで今に限って来るんだよ。


「とりあえず、動ける戦力は全動員した。神文鉄火も、みんな。ただ、前回の襲撃のおよそ3.75倍の規模かつ能力持ちが相手となると……厳しい戦いは必死だろう。だから――」


 その後に続く言葉は、誰にだって分かる。お前も戦ってくれ、だろう。でも、ユードラはそれを言いきれなかった。


 彼女は優しい。そして、俺のことをよく知っている。あの日以来、俺が何度も思い出しては吐いていることを。そして、俺が毎晩のように、空虚へ向かって謝罪を述べてしまっていること。俺の心は、彼女が1番分かっていた。


 だから、言いきれなかったんだ。俺に仲間殺しを強制することが出来なかった。


 それが、今の俺にとっては苦痛だった。ユードラの気持ちが察せられるからこそ、何とも言えないような義務感と、締め付けられるような正義感。そして、仲間を殺すことへの恐怖に襲われた。


 本当は、行くべきだって分かってる。俺が行かなきゃ、確実に負ける。皆は殺されるか奴隷にされて、自由は奪われるって分かってる。でも、俺の身体と心は、もう戦えない。仲間を、殺せない。


 俺は弱い。弱い俺で、ごめん。みんな。


「はぁ、はぁ……話は聞いたよ、ユードラさん!」


 突然、部屋の中に場違いなほど明るい声が響いた。


「ソウイチロー君……」


「ヒロトは凄いんだよ! 何でも知ってて、それでいて、とっても強くて……ヒロトにかかれば、あんな奴ら一撃さ! きっと、爆発で全部吹き飛ばしてくれるよ!」


 ああ、ソウ。俺はお前を恨むよ。お前は本当に明るくて、優しくて、正義感が強くて、何よりも仲間の命を大切にする子だ。そんな君を、恨む。そして、それを教えた俺を恨もう。


「悪い、ユードラ。部屋に戻る」


 今にも消えて無くなってしまいそうな声で呟いた。


「……ああ」


 ユードラが残したその2音には、どことない哀愁と、喪失感が漂っていた。全部、俺に向けられたものだ。


「ちょ、ちょっと、どこに行くのさ!」


 俺は急いで部屋を後にし、自室へと向かった。


「ねぇ、待ってって! 話を聞いてくれよ!」


 廊下を進む最中も、階段を登る最中も、ソウの目障りな声は留まる所を知らない。それが耳に入る度、俺は加速度的に歩を速めた。


 騒音に苛まれながら、何とか部屋にたどり着く。ただ、この部屋には鍵がついていない。つまり、奴が入ってきてしまう。


「なぁ、話を聞いてって!」


「一体、この俺と何が話したいんだ。知識も知恵も無い、ちっぽけなお前が」


「なっ……! そんな言い方は無いでしょ!」


 奴はその無駄に高い声でキーキーと泣きわめく。何も知らないくせに。俺の苦しみも、仲間を殺す悲しみも。


「じゃあ、何が言いたい」


「戦ってよ! ボクを助けてくれたあの力で!」


「あれは敵がいたからだ。今、あの戦場には敵なんていないだろう」


「はぁ!? 何言ってんの!? 仲間が殺されてるんだよ! 敵はいるじゃん!」


「いや、あれは俺たちと同じヤマト人だ。だから敵じゃない」


「そんなわけないだろ! 日々の苦楽を共にしてきた仲間を殺すやつが仲間なんて、そんなのありえ」


「うるっせぇんだよ!!!」


 窓ガラスを震わせるほど、大きな声を放つ。今まで必死で抑えていた怒りや感情が乗った叫び。それは奴の言葉を止めるのに十分だった。


「俺は救世主だ! 神に選ばれ、支配に苦しむ仲間を救う、最強のヤマト人だ! そんな俺が、同じヤマト人を、救いの対象を殺すなんてあっていいはずがない!」


「きゅうせいしゅぅ〜!? ヒロトのどこが救世主なんだよ! 仲間も守れねぇ。敵も倒せねぇ。ましてや、戦いに行くことすら出来ない! 何も決断出来ないお前が、救世主なわけあるか!」


 ああ、ムカつくムカつくムカつく! なんだよこのガキ! 俺の怒りを刺激することばっかしてきやがる!


「クソが! 元はと言えばてめぇらのせいじゃないか!」


「……え?」


「てめぇらが俺の所に攻めてこず、そのまま支配されててくれれば、俺がこうして悩むことも無かった! てめぇらが攻めて来たから悪いんだ! 全部、全部!」


「全部……ボクたちのせい?」


「ああ、そうさ! お前も覚えてるだろ? お前の父ちゃんが死んだ日。あの日だよ! あの日のせいで、俺は、俺は……ダメになっちまった!」


「あ、ああ! あああああ! あの日……父さんと一緒について行っちゃった、あの日……!」


「てめぇらは間接的に仲間を殺した! てめぇらこそが人殺しだ! 救世主に判断を鈍らせ、救える仲間を見殺しにさせた、てめぇらが!」


 どうしようもない言葉の羅列は、大きな波となってソウに襲いかかった。その純粋な心を壊し、屈服させるほどに。


「そうだったんだ……全部、ボクが、悪いんだ……」


 ……あれ、おれ、なにいってんだ。なんで、こんなこといってんだ。


「ごめん……ごめんなさい……ぼくが、ぼくがわるかった」


「え、いや、あの」


 なにを、しているの。おれは。なんで、ソウをきずつけた。ソウにせきにんなんて、あるわけないのに。


 これが、おれがほんとうにおもってたこと? ひっしにかくしてた、ほんとうの。


 だとしたら、クソ野郎じゃねぇか。


「あ、あ、ああ」


 とにかく、謝らないと。俺がソウを傷つけてどうする。本当に、なにをしてるんだ。俺は。


 俺は立ち上がり、壁際でへたり込んでいるソウの元へと向かおうとした、その時だった。


 何かが、窓ガラスを突き破り、部屋の中へ飛び込んできた。

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