第36話 FUON
その日はあまりに疲れていたものだから、俺たちは帰宅した後身体を軽く洗浄し、すぐに眠りに着いた。
「ヒロト、起きて。朝だよ」
「んん、わかった。今起きる」
ソウによる爽やかな目覚ましで起床する。もはや日課と化したこいつのおかげで、俺はいつも気分の良い朝を迎えられる。しかも、今日は何時にもまして元気がいい。
「ね、早く授業してよ! みんなに会いたい! 考えを共有したい! もう気持ちを抑えらんないよ〜!」
ああ、なるほど。そういうことか。まぁ気持ちはわかるぜ。得た物を共有したくなる気持ちは。それも、ここまで劇場的な入手経路だとな。
「ま、それならチャチャッと今日の業務を終わらせるこったな。今日は特別に発表の時間を設けてやるから、それを胸に頑張れ」
「え、ほんと!? やったぁ!」
ソウはその青々とした綺麗な目を1層輝かせ、用意された業務へと向かった。ここまで素直だと、逆に悪い気になってくるな。ま、嘘ついて釣ってるわけじゃねぇし、いいか。
あれから、新谷にも元町にも、敵の襲撃は来ていない。このまま平和に終わってくれればいいんだけど……
そうだ、襲撃が落ち着いたら、電撃戦を仕掛けよう。俺たちの持つ兵力を総動員して、敵を倒すんだ。さっさと制圧してしまえば、もう『ヤマト人が襲ってくる』なんてことは無くなるはず。俺の傷も、わずか1日で完治してしまったし。
ああ、思い出しただけでも手が震える。もし、もう一度アイツらが攻めてきたら、俺はどうなってしまうんだろう。分からない。分からないんだ。
出来ることなら、もう、経験したくない。あんなもの。
「ねぇ〜、聞いてる?」
頬をつんつんとつつかれた。俺はハッとして横を見る。ソウだった。
「あ、悪ぃ。ちょっと考え事してて」
「む〜。どうせまた政治のことでしょ。ユードラさんもシゲミツさんも最近忙しいから、俺が頑張らないとって言ってたもんね」
「ああ、まぁな」
言えない。あんなこと。仲間を守る大切さ、命の尊さを語った俺が『仲間を守ることへの迷い』を持っているなんて。そんなこと、言えると思うか? 無理だ。ユードラとシゲミツには悪いけど、言い訳にさせてもらうぜ。
そういや、なんでアイツらあんな忙しそうなんだろうな。前の戦いで破壊された所の修築? いや、ないな。専門の奴らに頼めばすぐ済む話だ。だとすれば――やはり次侵攻するべき場所の選定だろうか。案外、アイツらもチャチャッと決めてしまいたいのかもしれねぇな。
「そういえばさ」
「ん?」
「なんでヒロトは自由を目指して戦い始めたの? もちろん、自由の良さは分かるけど、どうしてここまで頑張れるのかなって」
そうか。ソウも気になるよな。冷静に振り返って見ると、結構おかしなことしてるよな、俺ら。まぁ、それも1人の男からはじまったんだけどな。
「俺はさ、ここに来る前、約束したんだ。唯一無二の親友と。自由を勝ち取るため戦う、ってな」
「へぇー、そうなんだ。ヒロトの親友か。1度会ってみたいな」
「会えるさ。アイツは必ずどこかで生きてる。アイツも、お前のことを気に入ると思うぞ」
なぁ、マサトシ。今の俺をお前が見たら、なんて言うんだろうな。親友のお前なら、優しい言葉をかけてくれるのかな。『頑張れ。一緒にまた頑張ろう』って。俺の悲しみを、隠してくれるのだろうか。
「邪魔するよ」
そんな話をしていたら、急にシゲミツが部屋を尋ねてきた。
俺はあまり、シゲミツと話をしたくない。あの日から、シゲミツに会う度、心が締め付けられるような感覚に陥ってしまうからだ。彼は幾分普段と変わらない様子で接してきてくれるが、それでも、俺はダメだった。
でも、それじゃいけない。せっかく来てくれたんだ。俺はそう自分を奮い立たせながら、シゲミツの方を向いた。
「どうした?」
「いや、特段何も無いけどさ。昨日、あまりにヒロトが笑顔で帰ってきたから、何かあったのかと思って」
「ああ、そういう事ね」
俺は昨日あった出来事をシゲミツに話した。
「へぇ、そりゃすごいや! ソウくんも良かったな! そんな経験が出来て!」
「へへ。ありがとう」
ソウは嬉しそうな顔で鼻を鳴らした。
「じゃあさ、そろそろ行けそうか? 戦闘。最近は所持奴隷をなりふり構わず出してくる奴が多くてな……少し骨が折れるんだ」
それを聞いた瞬間、俺の身体が震えた。ただの戦闘なら構わない。でも、所持奴隷――ヤマト人と戦うことになるのなら……
「……ごめん。ルーブ人しかいない領地なら、いいんだけど」
俺は断らざるを得なかった。最近は、ヤマト人が居る土地を攻めることすら出来ないほど、精神が衰弱しきってしまっていたから。攻撃が当たってしまったらと考えると、吐きそうになる。
「そうか、わかったよ。またいつか、お前と戦える日が来るといいな」
シゲミツはそう言って部屋を後にした。去り際、非常に寂しそうな顔を残しながら。
「……」
なんか疲れてきたな。いや、別に不快ってわけじゃねぇよ? でも、なんか疲れた。頭回んねぇ。『あの日』以来、定期的にあんだよな、こういうの。
しゃあねぇ。こんな日には気分転換でもいくか。授業には、まだまだ十分時間がある。それに、今回は特別な教材も必要ないだろう。
「ソウ、仕事終わったか?」
「ん、あ、まぁまぁ」
ソウは不意をつかれたような顔をして言った。俺たちの話、あんまり聞いてないみたいでよかったぜ。
「よし、じゃちょっと付き合え」
そう言って、俺はソウの肩をポンと叩いた。どこかへ行こう、と誘うみたいに。
「はいよー」
ソウは表情を変えず、作業を中断しダラダラと立ち上がった。このくらい緩い方が、俺には好都合だ。
――
「はぁ……」
風を浴びながら、心に溜まった疲労を吐いた。俺たちがいるのは、行きつけである丘の上の塔だ。やっぱり、ここが1番落ち着く。
「ここ、好きなの?」
「まぁな。この街がこんな大きくなる前から、ずっと。悩み事があっても、ここで風を浴びりゃ、すっと忘れられるんだ。いいだろ?」
そういや、ここで例の襲撃を発見したんだっけ。本当なら、すげぇトラウマになっていてもおかしくないのに、何故かここだけは大丈夫。これも、俺たちを優しく撫でる風のおかげかな。
「まぁ、いい所だとは思うよ。穏やかだし、なんか落ち着く。でも、ボクはそこまでかな」
「ん? どうしてだ?」
俺は特別声色を変えることなく尋ねた。単純に気になったからだ。ソウの考えが。
「確かに、風は気持ちいい。やなこと全部、見えなくなっちゃうくらい。でも、嘘くさい」
「嘘くさい?」
「うん。この風は、悩み事を解決してくれる訳ではないんだ。ただ、忘れたいこと、辛いことをほっぽり出したまま、見えなくしちゃうだけ。本質的な解決にはならない――そんな風に、ボクは感じたかな」
「ふーん」
ソウがこう言うってことは、ちゃんとした論拠があって言ってるんだろう。感覚的に見えて、こいつはちゃんと考えてる。
でも、今はそんなこと、いいかな。答えてもらってあれだけど。今はただ、この風が心地良い。
「……ねぇ、ヒロト。あれ、なに?」
「ん? どうした」
俺はソウに誘導されるかのように、彼の指の先に広がる平野に目を向けた。
「……?」
瞬間、目に飛び込んでくる黒く大きな怪しい影。俺は、あれを1度見たことがある。忌々しい、あの黒雲を。
身体が震える。鼓動が早くなる。汗が滝のように溢れる。まるであれを、俺の身体が拒絶しているようだ。
いや、まだだ。まだ奴らが『ヤマト人』と決まったわけではない。ただのルーブ人どもといった可能性もある。
何にしろ、ここにいちゃダメだ。行かなきゃ。
「出るぞ、ソウ」
「え? どこに?」
「屋敷だ。飛ばしてくぞ」
俺は塔から飛び降り、目的地に向かって一目散に走り出した。
「わわ、待ってよー!」
置いて行きはしない。だがな、ソウ。全速力で走れ。これは、一刻を争う自体だ。
時折、後ろを振り向きながら帰路を急ぐ。そうして、ものの数分で屋敷にたどり着いた。
「あ、ヒロトさん! 探しましたよ!」
焦ったような声で叫ぶ屋敷の守衛。この様子から見るに、襲撃の事実はもう伝わっているな。
「お前ら、ユードラは屋敷にいるか」
「ええ! もちろんです! お部屋でヒロトさんをお待ちですよ!」
「了解した。時期に1人の男の子が来る。そいつも案内してやれ」
「承りました」
急げ。急げ。いそげ。早く事実を確認しなければ。
「ユードラ、いるか!」
勢いよくドアを開き、中へと侵入する。
「……ああ」
「……どうした。声が暗いぞ」
ユードラは元々、声がそこまで高い方では無い。でも、今日は明らかにおかしい。異常な低さだ。まるで、生気を抜かれたかのように。
「襲撃の件は知っているな」
「無論」
「今さっき、軍に紛れ込ませた偵察隊の情報によると」
ユードラはため息をつきながら顔を深く落とした。そして、いくらかの沈黙の後、こう言った。
「構成員は、ルーブ人が奴隷として使役してきたヤマト人。その数3000」
「は……!?」
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