第33話 重り

 時は矢のように過ぎる。授業が終わって一息ついたと思ったら、もう朝だ。


「用意は出来たかい?」


「バッチリ! 忘れ物は無いはずだよ」


「よし。じゃあ行こうか」


 俺たちはその背に猟銃と僅かな荷物を持って、街を後にした。この行動も、何回繰り返したのだろうか。考えるのも億劫だ。


――


「よし。早速始めよう」


 背にかけていた銃を手に取り、弾を込める。これでひとまずの準備は完了。


「ソウ、大丈夫か? 重くないか」


「う……ん。ちょっと体勢崩れるけど、なんとな大丈夫」


「よかった」


 銃は重い。命を奪う道具なのだから当然だ。ただ、それが原因で猟を行えないなんてなったら、それは悲しいことだ。だから、よかった。


「猟の基本は、動と静だ。まずは獲物を探す動。そして、獲物に気づかれないようにする静。この2つを使い分けなきゃならない。まずは動だ」


 俺は森の中をゆっくりと進み出した。それにつられてソウも歩みを始める。動、と言ったが決して大きな音を出す訳では無い。ここでも慎重に、だ。


「見つけた」


 ここから10数歩離れた所に奴はいた。あれは兎だろうか。俺はソウがいるであろう後方へ向け、手を広げる。これは止まれの合図だ。


「ここからが静だ。いいか、慎重にだ。息を殺せ。殺意を殺せ。相手に悟られないよう、ゆっくりと近づくんだ」


「了解」


 ゆっくりと。そうゆっくりと。亀の歩みでもいい。それよりも、確実に捉えることが大切だ。


「よし。ここまで近づけばいいだろう。さ、銃を構えるんだ」


「こうかな?」


「それでいい。そして、引け。引き金を」


「うん」


 ソウはその小さな手で鋼鉄の無骨な弓を支え、狙いを定める。手がプルプル震えていて、見てるこっちからすると少し心配になっちまうぜ。ただ、こいつの器用さなら大丈夫だろう。


「よし」


 意気込みを入れるかのような言葉と共に、銃弾が射出された。定まりきらなかった照準も、その時にはバッチリあっていた。


 兎は音もなくその場に倒れ込み、そのまま動かなくなった。命が尽きたということが、一目で分かる。


「やったな」


「……うん」


 ソウは少し俯きながら呟いた。せっかく獲物を仕留めたのに、なんだかあまり嬉しくなさそう。不満? いや、違う。このなんとも言えない曇り顔、困惑の表情だ。


「どうした?」


 俺は少し気になって、ソウに尋ねてみた。


「いや、なんか、言葉に表せないんだけど」


「いい。完璧じゃなくても。今ある言葉で表現してみろ」


 これもユードラの請け負い、か。ナカモリさんといい、ユードラといい……俺はいろんな人に影響を受けてるな。悪くねぇ。


「なんかさ、引き金を引いて、獲物を撃ち殺した時に、ドシッとした何かがボクに乗っかってきたような……そんな感じがしたんだ」


「ほう」


「別に、直接何かが乗っかったとかじゃないし、銃の反動だってそこまで大きくなかったはず。なのに、感覚的には何かがボクの所に来た……これ、なに?」


「……! まさか」


 これはひょっとするとひょっとするかもしれねぇぞ。こんな序盤でこの段階に至るとは思ってといなかったが、願ったり叶ったりだ。


「ん? 何か気づいた?」


「いや、なんでもない。それより、こいつを調理しよう。まな板は持ってきたな?」


「うん。こいつを捌けばいいんだね」


「そうだ。炎に関しては俺が起こしておく。頼んだぞ」


「了解」


 ソウはそう言って、鞄の中から調理道具を取り出した。さて、俺も調理と食事ができるよう、準備をしますか。




「うーん……」


 調理を初めてからも、ソウはずっと唸りっぱなしだった。普段のソウには有り得ない光景。やはりこれは、俺の狙い通りかもしれない。


「やっぱりおかしいよ」


「何がだい」


「さっきからずーっと、あの重さが抜けないんだ。それも、肉へ包丁を指す度、肉を買いたいする度、その重さがどんどんと増してくるような気さえしてくる!」


「……」


「ねぇ教えてよ! ボクの身体は一体どうなっちゃったの!? ヒロトなら、分かるはずでしょ!?」


 よし。そろそろ潮時だな。ここまで引っ張れば、余程強く印象に残るはずだ。心の奥底に根付いた思い込みさえも。


 俺はゆっくりとその口を開き、今まで保ってきた沈黙を破り去った。


「それはな、命の重さだよ」

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