第34話 MUSIC
「命の……重さ?」
「ソウはこの言葉について、聞いたことはあるかい?」
俺が訪ねると、ソウは困惑したかのような顔をしながらブンブンと首を横に振った。
「じゃあ、今ここで覚えてしまおう。大切なことだから」
腰を床につけながら、ゆっくりと語り出す。
「命は、いろんな犠牲の上に成り立っているんだ。俺たちの命も、こいつの命も。こいつはいろんな植物の命を奪って生きてきた。そう、生きるために植物を食さなきゃいけないからな」
「……」
「そして、それは俺たちもそうだ。俺たちもまた、様々な命を奪って生きている。ある意味、罪深いんだよな」
「なんで、生き物の命を奪うのが罪深いの」
ソウは声を震わせながら呟く。彼は恐れているのかもしれない。自分の中にある、絶対的な価値観が崩れるのが。だから、こうやって震えている。
でも、それじゃダメだ。成長には破壊と創造が欠かせない。だから、ソウ。俺がお前を壊してやる。
ナカモリさん、ユードラ、マサトシ、みんな。借りるぜ、言葉。
「それはだな、生き物の命を奪うことは、その未来を奪うことと同義だからだ」
「未来を……」
「そう、未来。本来なら、その生命が体験出来たであろう未来。想像してみろ。ソウはこれから、どんな楽しいことがあるか。革命が成し遂げられた後の自由に。もし未来が無くなったら、それも全部パーだ」
未来――俺は革命の先に待つ未来だけを目指して生きてきた。それは、他のみんなも少なからず思っていることだろう。ソウもだ。
「でも、だからと言って命を奪わないわけにはいかないよな? だからこそ俺たちは、命という尊ぶべきものへの感謝を忘れてはならない」
「ヒロト……」
どうだ、俺が教わったこと全部、お前にぶつけたぞ。
「よく分からないけど、分かったかもしれない。いや、完璧じゃないかもしれないけど、理解。それでも、ね。うん。あ、あれ? 今ボク、言葉おかしい?」
「おかしくはねぇよ。ただ、混乱してるだけさ」
『よく分からないけど分かった』。一件矛盾してるように思える言葉だが、これで十分だ。今はまだ、情報を処理しきれていないだけ。俺の言いたかったことはバッチリ伝わってるはずだ。それは、ソウの顔を見ればわかる。
「……うん。ヒロト、ありがとう。もう少し時間はかかるかもしれないけど、答えが出せそうだ」
ソウは落ち着きを取り戻し、自らの心をなぞるかのように言葉を発した。
「よかった。それだけで本当に、俺は嬉しいよ」
ここ数週間。1ヶ月にも満たない僅かな時間で、ソウは成長へと向かい始めた。それで十分だ。俺はこの子の親の代わりなのだから。
「さ、料理の続きをしよう。命に感謝して、な」
「うん! ボク、とびっきりのを作るよ!」
そう言って、俺たちは互いの作業に戻る。ソウの手さばきや、食材に感謝する姿勢は、どこか変わっていた。
「出来たよ!」
ソウは綺麗に切り分けられた肉片をこちらに見せた。それは本当に見事なもので、うちの料理人の舌を唸らせるほどの出来栄えであった。
「さすがだ。あとは俺に任せろ」
肉片を受け取った俺は、フジヤマで小さな爆発を起こし、用意していた木々に火をつけ、そこにそれらをくぐらせた。そして、焦げ目がつくまで軽く炙る。
「ほいよ、いっちょあがり」
「うわぁ、おいしそう!」
その調理は決して職人技とは言えない(ソウの切り分けを除いて)ものである。だが、命の価値を理解し、自らの手で仕留めたその兎は、俺たちにとって何事にも変え難いほどに光って見えた。
「それじゃあ、命に感謝を込めて」
「「いただきます!」」
素手で掴み、かぶりつく。美味い。命と苦労と知恵の味がする。いや、俺でもなんて言ってるかあんまり理解してねぇけど、とにかくうめぇ。
「どうだ? ソウ?」
「……言葉で表せられないね。でも、涙が出てきそうな味だよ」
やっぱ、ソウもそうだよな。俺たち、意外と似てるのかもしれねぇな。
「食べ終わったか?」
「うん、バッチリ!」
「それじゃ、山を下りよう。暗くなっちまうと面倒だからさ」
「りょーかい! また明日の授業が楽しみだな!」
「ははは。俺も頑張るよ」
のどかで、和気あいあいとした空気が流れる空間。非常に、居心地がいい。
「……?」
そんな時だった。俺が、何者かに狙われているような殺気を感じ取ったのは。でも、それは人じゃない。もっと野性的で、荒々しい――
「ブルォ!」
「!」
突然、木々の影から大きな声が響いた。この鳴き声はイノシシだ。こちらを狙っているのは、イノシシだったか。
「ブロォォォォ!」
奴は茂みから飛び出し、一直線でこちらに向かってくる。しかも狙いは――ソウの方へだ。
「避けろ、ソウ!」
「え」
ダメだ。この攻撃に反応できるほど、ソウは万能じゃない。かと言って、フジヤマを出したら共倒れだ。このままじゃ、ソウは――
「うぉぉぉぉ!」
何をすべきか。解を出す間もなく、身体は動いていた。
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