第32話 疑問廻廊
「せんせー、この授業、何のためにやってるんですか?」
それはソウが入ってからしばらく経った、ある戦術についての講座での出来事であった。普段、指名した時以外言葉を発しないソウが、いきなり立ち上がり、大きな声を上げたのだ。皆、一様に驚いただろう。まぁ、俺は平常心だったけどね。普段の元気なソウを知っているから。
ただ、この質問には興味があるな。その質問をした意図と、彼の考えにね。
「ソウは何が言いたいんだ?」
「この授業は、いかにして戦死者をゼロにするか、ですよね。別に、戦死者は少ない方がいいと思いますけど、何故ここまで減らすことにこだわるんですか? 死者が出た方が効率の良い作戦もあります」
ははぁ、なるほど。そう来たか。まぁ、この疑問が生まれるのも仕方ないな。何せ『自分の父が死んでもしょうがないと思ってしまうような教育』を受けさせられてきたんだから。
「おい、それは聞き捨てならないぞ」
俺が言葉を発する前に、誰かが沈黙を破った。あれは、あの時ソウが授業を受けることを疑問視していた男子生徒か。
「いついかなる状況でも、人の命は軽視してはならないだろう。助けられるなら、多少リスクや効率が悪くなっても助けるべきだ」
「なんで?」
「だって、人が死んだら悲しいじゃないか!」
「なんで?」
「それは……もう会えないんだぞ! 死んじゃったら!」
「でも、人っていつか死ぬじゃん。もし助けたって、次の戦いでは死ぬかもしれない。そもそもさ、こんな環境にいる時点で、誰がいつ死んだっておかしくないんだよ。なのに、なんでそんなに死を気にするの?」
「こいつ……」
「はいそこまで。2人とも一旦ストップだ」
これ以上の対話はただダレるだけだ。それに、どちらかの人格攻撃に繋がる場合もある。せめて、しっかりとした論理を組み立てられれば……そうだ。いいこと思いついた。
「今、会話を止めたけど、議題としては面白いな。こうしよう。これからみんなには『大切な人が死ぬ時、どうするか』について議論してもらおうかな。ではまず、考える時間を取ろう」
――
「ねぇヒロト、ボクやっぱり意味わかんないよ! どうしてみんな人が死ぬことをそんなに気にするのか!」
授業が終了し解散してから開口一番、ソウが不満を漏らした。
「ふふ。やっぱりまだそう思う?」
「もちろん。だって本当に分からないんだもん」
分からない、か。相当精神の奥深くに根付いてるな、死についての認識が。とすると、教育を受けたのは幼少期? それとも、何かがきっかけで上書きされたのか?
まぁいい。その原因について考察することはそこまで重要では無い。それよりも『死の概念をどう取り除くか』。これが大事だ。
「じゃあさ、ソウ」
「ん? なに?」
「俺と一緒に狩りに行こう」
「狩り?」
「そうだ、狩り。この街の裏には、たくさんの動植物が暮らす山がある。そこを歩きながら、採取や狩猟をすることで、新しい視点が持てると思うんだ? どう?」
ナカモリさん、あんたの説明、借りるぜ。
「うん。ヒロトがそう言うならやってみようかな」
よし、乗ったな。あとは自然の力に任せよう。
「じゃあ、明日から。仕事や授業は休みにしておくよ」
「ありがと! 楽しみだ!」
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