第31話 新しい毎日を

 同居人として、ソウはこれ以上ない完璧な人間であった。手先は器用だから何でもできるし、性格も明るい(たまにルーブ人共による教育で得た異常さが出るが)。俺たちの同居生活は、思ったよりも快適だった。


「さぁ、今日は初めて授業を受ける日だな」


 俺は小さな手で編み物をするソウに話しかけた。


「うん! 楽しみ!」


「そうか。じゃ、着いてこい」


 俺は手招きをして、授業を行う教室へと案内をした。


――


「ヒロト先生、正気ですか? あんな小さな子供を授業に呼ぶなんて……」


 授業が始まる前、準備をしていると、ある1人の若い男に話しかけられた。彼は俺の授業の受講者で、成績はかなり優秀だ。そんな彼だからこそ、小さなソウが余程異端に見えたんだろう。こんなガキに、授業なんか受けられるかってな。


「まぁ、見ていろ。彼は君が思うよりも優秀だぞ。……おっと、そろそろ授業を始めようか」


 俺の合図で、生徒全員が一斉に挨拶をする。これが、俺流の授業の始まりだ。


「じゃあ、まずはルーブ単語の確認から始めようか。第1問、violência。わかるやついるか」


 しーん、誰も手を挙げやしねぇ。


「じゃあソウ。分かるか」

 

「暴力、かな」


「正解! やるな」


 おおっ、というようなどよめきが辺りから起こった。どうせ答えられない。そう思ってる奴らが大半だったからだろうな。


「じゃあ次――」


 ソウはやはり優秀だった。俺の少し難しい質問にも、涼し気な顔で答えやがる。下手すりゃ、どんな学生よりもいいんじゃないか。そう思わせるほど、ソウの頭はよく切れた。


「それじゃ、今日の授業は終わり。お疲れ様」


 俺はそう言い残し、ソウを連れて教室を去った。


「どうだ、楽しかったか?」


「うん! めっちゃ楽しかった!」


 ソウは顔をニッコリと輝かせながら、こちらに感謝を述べた。よかった。授業は面白くなきゃ意味がねぇからな。


「そういえばさ、ヒロトって普段はせんせーやってるけど、非常時には戦士として戦うんでしょ? それも、めっちゃ強く!」


 戦う。その言葉を聞いた途端、胸がぎゅっと握られるような感覚に陥った。そして、あの黒い荒野の光景がフラッシュバックする。


「それは、誰から聞いたんだ」


 俺は何とか意識を保ちながら、心を落ち着かせて声を振り絞った。


「うーんとね、しんもんてっか? のシゲミツさんって人!」


 シゲミツの野郎……めんどくせぇこと言いやがって。第一、俺はもう戦士じゃねぇ。救世主でもねぇ。俺は、ただの一知識人だ。


「ヒロトが戦ってるとこ、見てみたいな! きっとすごくかっこいいんだろうなぁ〜!」


 ソウは無邪気な顔でそう言った。おい、やめろ。そんなに昔の俺を賛美するな。


 あの時の俺は、ただの人殺しなんだぞ。


「すまない。俺はもう、戦わないって決めたんだ」


 震える声を絞り出した。


「……ヒロト?」


 ……あ、いけねぇ。ちょっと神妙な顔になりすぎたか。ソウが不安げな表情になっちまってる。それじゃいけねぇ。


「別に大したことじゃねぇよ。それより、また明日もあんだ。早く夜ご飯食べようぜ」


「ん、そうだね! 今日はボクが作るよ!」


「お、楽しみだ」


 俺は嘘と強がりで作られた笑顔を貼り付けながら、無理やりチューニングした声で言った。不自然な程に歩幅を広げ、まるで何かから逃げてるように歩きながら。

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