第30話 総
俺はひとまずその場を離れ、屋敷――俺の住処へと戻ることにした。ここにいると、胸騒ぎが止まらない。とにかく早く離れたかった。
「ここがおじさんの家? 広いね」
「ああ、そうだ。俺以外の人も住んでるけどね」
「そうなんだ。ボクのいた所とは全然違うや」
「そうか」
気になってしまう。ソウイチローの出自が。あからさまにただの子供ではないのは明らかだ人の生死をここまで割り切っている子供なんて、いるはずがない。
ただ、今聞くべきでは無いな。ほぼ初対面だし。後、俺の心の問題もある。人の死について聞かされたら、どうなるか。また、あの時のようになってしまうかもしれない。
距離を掴め。俺は罪滅ぼしをするんだろう。なら、絶対にこれ以上この子を不幸にするな。
「多分、これからこの街に済むのなら、ソウイチローには何かしらの労働をしてもらわなければならない。何か、得意なことはあるか? 例えば農業とか、力仕事とか。何か作れるとかでもいい」
まずは当たり障り無い質問。直にこれも聞いておかなきゃいけなかったし、いい機会だ。
「うーん、特に何が得意とかはないんだけど、強いて言うなら手作業、かな」
「手作業ね。なら、ここで俺の授業の手伝いをしてもらおうかな」
正直、外に出すのは怖い。うちの治安はかなりいいとは言え、こんな幼い子を1人で出せるか? やはり、あんまりよくねぇよな。
「まかせてよ」
「じゃあ早速、この紙のカットをお願いしようかな。線に沿って切ってくれ」
俺はそう言って、買ってきた紙とハサミを手渡した。この紙、普段の授業で使うには大きすぎるんだよな。だからカットして使ってるんだが……如何せんハサミの切れ味が悪くて、いつも上手く切れない。さ、これを切ってみろ。
「はいよ。ちょちょいのちょいっと!」
ソウイチローはそれらを受け取ると、目にも止まらぬ速さで作業に取り掛かり、一瞬のうちで紙をいい感じの大きさに切り分けてしまった。それも、綺麗に美しく。
「す、すげぇ……」
「どうってことないよ」
「じゃ、じゃあほつれた服の補修とかも」
「いけるね」
「料理は」
「まぁ、そこそこなら」
どうやら、俺はソウイチローのことを侮っていたのかもしれない。彼は身の回りのことから、専門性が絡む用具の準備まで、持ち前の器用さでやってのけてしまったのだ。それも、ほぼ完璧に。
「ソウイチローはどこでそんな技術を手に入れたんだい?」
「僕は主の身の回りの世話をする仕事をしてたんだ。そこでいろいろと習ったんだよ」
ん? 主の世話だって? そんな仕事をする奴隷がいるのか。知らなかった。
「父さんは力仕事をやらされてたけど、僕はちっちゃいし身体も細かったから。その分、色んなことをやらされたけどね」
ソウイチローは少し顔を曇らせながら言った。ここに関しては、触れないでおこう。
「なるほど……じゃあ、ルーブ語も話せるのか」
「ある程度なら。主様は他の人に馬鹿にされたくないのか、ボクには色んな教養を教えてくれたんだ。だから、それなりには」
なるほど。この達観した雰囲気も、子供にしては上手い言葉も、ルーブ人どもから教えられたことなのか。なら、合点が行く。ソウイチローが『死に対する反応が薄い』ことに。
そんなのダメだ。人の死を悲しめない人間になってしまったら、それは奴らと同じだ。俺はソウイチローに、そんな人へなってほしくない。
変えなきゃ、俺が。
「なぁ、学問に興味はないか?」
「? それが仕事ならやるけど」
「そうか。じゃあ、俺の下で授業を受けてみないか」
「……そうだね。ちょっと楽しそうかも」
よし来た。ソウイチローが乗ってくれればらあとはこっちのもんだ。
俺はソウイチローに、死の悲しさを知る人になって欲しい。だから、普段の授業にこいつをぶち込むことで、死の倫理や哲学を学ばせる。多少若いが、まぁこの教養なら何とかなるだろう。下手したら、今授業を受けてる奴よりも優秀かもな。
「じゃ、明日から頼むよ。午前中はここで手作業。授業がある日は午後に受ける。いいね?」
「了解。あ、そうだ。1つ言っておきたいことがあったんだ」
「ん? なんだ」
「ずっとおじさんじゃあれでしょ。だからさ、なんて言えばいい?」
なんだ、そんなことか。俺はほっとため息を着く。
「ヒロトでいいよ。そっちは」
「ソウ、でよろしく」
「ソウな。了解」
さっきよりも心が軽い。こうやって、ソウと腹割って話せたからかな。現に、溜め息だってつけた。さっきまでは贖罪の意識が強すぎて、することなど出来なかった。変に意識が強すぎるとかえって悪影響だし、このくらいがいいのかもな。
かくして、親殺しの犯人と被害者という、奇妙な俺たちの同居生活が始まった。
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