第29話 ループ&ループ

 俺は殺したのか? ヤマト人を。自由を奪われ、救いを求めていた仲間を。俺が守ると決めた、かけがえのない人たちを。


 それも、守り切れなかった訳じゃない。俺が殺したんだ。この手で、殺したんだ。自由を求める手を伸ばしていた仲間を、無慈悲な爆発で殺したんだ。


 これじゃ、奴らと一緒じゃねぇか。


 今まで築いてきた『自分』が跡形もなく崩壊する。俺はユードラの授業を通して、あの星降る夜を乗り越えて、自分を持てていた気がした。自由に対する回答を持てた気でいた。


 それが嘘だった。俺の解はどこまでも未熟で、どこまでも愚かで、自分自身を騙すことにしか使えない肥溜めのゴミだった。こうして、辛い現実に直面した時、ゴミみたいな解は全くもって役にたたねぇ。


 仲間を救えずして何が自由だ。こんな立派な街を作っても、仲間を救えなきゃ意味がねぇ。全て救わなきゃ、俺の解『皆が皆を求め合い生まれる自由』なんて訪れない。


 みんなを、守らないと。全て、助けないと。


「あ、あはは、あはははは!」


 ああ、己の無力さに呆れて笑いすら出てくるよ。本当は笑っちゃいけねぇところなのかもしれねぇけど、笑いが止まらねぇ。


 ああ、死にてぇなぁ、俺。もう、救世主とか自由とか、どうでもいいや。


「しっかりしろ!」


 パチン、鋭い衝撃が頬を刺激した。その衝撃と共に、一瞬頭が真っ白になる。だが、それのお陰で僅かな冷静さを取り戻すことが出来た。少なくとも、この刺激がユードラによるものだと理解出来る程度には。


「少し落ち着いたか」


 ユードラは優しげな声をかけてくれた。段々と、そう、僅かにだが、心が冷却されていく。さっきのような狂ったような状態から、少しづつ。だがそれは、苛烈な現実と向き合わなければいけないことでもある。


「おぅぇ、がっ、はっ、」


 死体が目に入る度、嗚咽と嘔吐が止まらない。


「ゆっくりでいい。ゆっくりで、な」


 ユードラは俺の背中をさすり続けてくれた。吐瀉物が足にかかろうが、涙で靴が濡れようが。


「……」


「落ち着いたか」


「ああ……」


 ようやく嘔吐も涙も収まった。もう出るものが無くなっただけかもしれない。


「俺はあの夜、約束したよな。仲間を守るって。敵は皆殺しにするって。自分の自由を実現するって」


「……違う」


「違くねぇ! 俺は約束したんだ! それなのに、俺は、仲間の平和と自由を奪っちまった! 俺は、あいつらと一緒だ!」


「彼らは必要な犠牲だ。そもそも、ヒロト君があれを発動しなければ、もっと被害は広がっていた。つまり」


「それじゃダメなんだ! 俺は救世主だ! みんな、みんな救わないと!」


 また身体が震える。また涙が溢れてくる。心も、身体も、もう、限界だ。


「ねぇ」


 絶望の淵に立つ最中、突然小さな男の子の声がした。この場に、そんなような奴はいない。なら、どこに。


 声の場所を探る。すると、何かを抱えるように手を伸ばしている死体を見つけた。もしや。俺はその死体の手を、そぉっと退けた。この時だけは、何故か死体に触れた。あまりに突拍子もないことで、気が緩んだのだろうか。


「おじさん達、誰?」


 やはりそこには、まだ年端も行かないような小さな男の子がいた。11歳くらいだろうか。俺より圧倒的に下なのは確かだった。


「なんてことだ……ルーブ国の奴らは、こんな小さな子さえ襲撃に導入するのか。酷いことをする……」


 この子、まだ生死さえ理解してない。そんな子の父親を、俺は奪ったのだ。俺はなんて、取り替えしのつかないことをしたんだ。


「君、名前は」


「ボク? ボクはソウイチロー」


「ソウイチロー……すまない。俺は、俺は――」


「なんで謝ってるの? おじさん」


 ああ、やっぱりこの子は純粋だ。そして幼く、力も無い。1人じゃ生きていけないのは明白。なら――


「ユードラ、この子は俺が保護し育てる。いいな」


「な……それは」


「分かってくれ、ユードラ。俺はこうでもしないと、ダメなんだ。もしダメなら、俺はこの場で自決する。せめて……罪滅ぼしくらい、させてくれ」


「……わかったよ」


 俺はなんて自分勝手で、なんて単調なんだろう。こんなこと、何のためにもならないって分かってるのに。


 でもな、こうでもしねぇと、生きてらんねぇよ。


「ソウイチロー、お前の父はどこかに行ってしまった。だけど安心しろ。俺が、代わりにお前を育てる」


「おじさんが? ……ああ、父さんは死んだのか。あの爆発に巻き込まれて」


 『死んだのか』その言葉が耳に突き刺さった時、急激な吐き気が腹から吹き出てきた。だが、ここで吐いてはダメだ。俺は強い意志で持ちこたえ、ソウイチローの方を向いた。


「ごめん……俺がやってしま」


「そっか。まぁ、仕方ないよね」


「え」


 仕方ない、だって? 自分の父親が死んだんだぞ? なんでこの子はこんな年齢なのにこんなことが言える?


「よろしくね、おじさん」


「あ、ああ」


 困惑する俺をよそに、ソウイチローは俺のことを受け入れてくれたらしい。何故? 何故? 彼は一体? そんな思いが頭を駆け巡る。


 だが、今はそんなこと気にするな。俺は彼を幸せにしなければならない。それが俺に出来る唯一の贖罪だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る