第15話 モヤ

 俺たちは全員の無事を確認し、屋敷の外に出た。


「もう集まって来ているね。爆発音でも聞きつけたのかな」


 屋敷の外には、奴隷たちが所狭しと集まっていた。シゲミツの言う通り、起きてきてしまったんだろう。でもよかった。これで夜が耽けるまで待たなくて住む。何せ、疲れちまったもんで、色々と。


「皆さん、もうご安心ください。私たちは皆さんの仲間、同じヤマトの民でございます。この憎き奴隷制度を解消し、ヤマトの民を解放するためにやって参りました。そして今、奴隷主並びに奴隷監督を始末しました。皆さんは自由です!」


 俺の宣言に、みんなは少し困惑している。あまりに現実味がないからか?


「そうそう。この方はヒロト様って言って、ヤマト人を救うために来た救世主なんだ。その証拠に、手から爆発を生み出せるんだよ」


 シゲミツがすかさず援護に入った。でも、今の俺、フジヤマ使えるかなぁ。さっきは使えなかったし。ま、やるか。


「フジヤマ!」


 俺の心配は杞憂に終わった。手から放たれた爆発は綺麗な軌道を描き、近くの林の手前で爆発した。


「ね? 言ったでしょ」


「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」


 瞬間、皆の口から大きな歓声が上がった。ある者は笑い、ある者は泣き、ある者は叫ぶ。様々な感情が入り乱れ、混沌と化していた。


「さぁ、こんな辛気臭い場所じゃなくて、村の広場で宴会をやりましょう! 朝っぱらから酒が飲めるのなんて、こんな日ぐらいですよ!」


「お、いいねぇねーちゃん! でも、酒が……」


「酒なら奴らの倉庫にたんまりと眠ってますよ! さ、探索に行きましょ!」


「おお!」


 流石ユードラ。あまりに自然な流れで屋敷探索の人員を集めやがった。さて、俺もそろそろ準備をしますかな。まずはこの血の着いた服を変えなきゃ。


――


「それじゃ、我らの今後の未来と自由の喜びを祝して乾杯!」


「かんぱい!」


 リーダーらしき中年男性の音頭で酒を飲み込む。うめぇ。正直、酒はいつどんな時に飲んでも美味い。それに『昼間』って要素を組み合わせればもう最高。


 結局、あの時俺はどうしてフジヤマを使えなかったんだろう。それに、どうして『加勢』という言葉を言えなかったんだろう。あれから、ずっと心にモヤが残ったままだ。


「あいつ……なんだったんだ」


 ジュイン。あいつはやっぱりクソ野郎だ。それでも俺はあの時言い返せなかった。理論で勝てないから、結局暴力という言葉に頼らざるを得なかった。これじゃ、奴隷監督どもと同じだ。


 ああクソ。頭がこんがらがってくる。こういう時に、俺は自分の無学さを実感するんだ。もっとたくさん勉強してけばよかった、と。


「浮かない顔をしているな、どうかしたのか」


 この声はユードラだな。こいつ、酒を飲んでも全然酔わねぇ。だからこそ、こうやって人の異変にすぐ気づけるんだろうな。


「別になんともねぇよ」


「その顔は何かある顔だぞ」


「うるせぇ」


 このうるせぇという言葉、実は正しくない。正解は『今の言葉では言い表せない』だ。


「ま、そういうことにしておいてあげよう。ただ、これだけは言っておくね」


「ん?」


「何か困ったことがあったらいつでも言って。精神面でも、作業面でも、学芸でもいい。私が知っていることは、君に伝えてあげるよ」


「……ありがとな」


 静かにそう呟き、酒に口をつける。ふわりと香る苦味が妙に味わい深かった。


――


 日常に戻るのは早い。あれから数週間、俺は何事も無かったかのように作業に取り組んでいた。ユードラはジュインの土地(新谷と名ずけられた)の統治に奮闘している。俺はそれを手伝っていた。シゲミツも同じだ。


「なぁヒロト君。ちょっとお使いを頼まれてくれないか」


 それは、ジュインの屋敷からの押収品を整理している時のことだった。普段、ユードラから仕事を貰うことは多々あるが、お使いなんて言われたのは初めて。なんだ?


「新谷の様子を見に行って欲しいんだ。私はいつも皆に指示を出して統治をしているから、実際の住民の声を聞くことが出来ない。だから、生きた声を聞いてみたいんだ。シゲミツ君も同行させるから。ね? お願い」


 ユードラは冷静な顔のまま、あまりに可愛らしい台詞を言った。おいおい、『ね? お願い』なんて、気品ありまくりなユードラには似合わないって。


「もちろん。行かせてもらおう」


 ま、受けるんだけどね。女の子にあんなお願いされて、断れる奴はいねぇ。果たしてユードラを女の『子』と言っていいのか疑問は残るが。だってあいつ、優秀すぎるもん。マジで、子供レベルじゃねえって。

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