第10話 敵城視察

「おーい、ちょっと待っておくれよ」


「ははは。遅いなぁヒロト君は」


 奴隷主ジュインの領地への道のりは、思いの外キツかった。入り組んだボコボコの山道。この言葉だけでヤバさ伝わるっしょ。


「なんでユードラはそんなに早いんだぁ!」


「学者たるもの健康体でいなくちゃね。自然を相手にする職だからさ。それに『女と子供は身体が資本』って言うじゃない」


「初めて聞いたぞ!」


 この山道、攻める際の障害になるかもな。何とかして攻略法を見つけられればいいのだが。


――


「おい、着いたぞ。あれを見ろ。村だ」


 歩き始めてから数時間が経過した頃、ユードラがおもむろに口を開き、その手を前に向けた。見ると、確かに建物がある。人の生活の気配がする。


「よ、ようやく……か」


 疲れからか、それとも安堵感からか、俺は大きく地面に倒れ込んだ。マジで疲れた。故郷にいた頃はもうちょい体力あったはずなんだけど。


「じゃ、私は今からジュインさんと話をつけてくるよ。少しそこで休んでてくれ」


「りょ、了解」


 ふぅ、これで少しは休めるな。さて、今のうちに体力を回復させておいて、少しでも多く情報を持ち帰るんだ。




「ヒロトー! 来い!」


 あれから10数分後、入口と思われるところからユードラが顔を出してきた。呼び捨てなのは、俺が奴隷という設定だからだな。


「はい、ただいま!」


 奴隷に戻る。クソ屈辱的なことだがしゃあねぇ。演技してやるよ。幸い、体力も回復したしな。俺はユードラの所へと向かった。


「お連れの奴隷は到着しましたかな」


「ええ。彼だけですので」


 俺がユードラの元に到着した時、やたら丁寧な口調で喋る男がユードラの隣に立っていた。こいつがジュインか。


 髭に白髪が混ざってるな。年寄りか? それにしては恰幅がいい。どうせ、奴隷から搾取した金でいいもん食ってるんだろ。ゴミが。その服も、その眼鏡も奴隷からの搾取だ。


「ではまず奴隷どもの労働を見てもらいましょうか」


 ジュインは領地の奥へと進んでいく。俺は慌ててその後を追った。


「ご覧下さい。こちらが労働場所、プランテーションになります」


 俺たちの前で行われているのは、やはり過酷な労働であった。思い出すだけで反吐が出るような光景だ。


「ここでは何を?」


「コーヒー豆を育てています。これが高く売れるんですよ」


 コーヒー……聞いたことがないな。これもシュガーコーンのようなものなのか。


「奴隷たちの管理は?」


「監督に一任しています。うちのは優秀なのでね、よく成果を上げてくれるんですよ。ほら、あれを見て!」


「ほう?」


 ジュインの勢いにつられて、身体の向きを変える。あらかた予想はついているが。


「ほらほら。働け働け」


 まぁ、やっぱり。というか案の定、鞭を持った奴隷監督が奴隷たちを監視している所だった。


「うっ」


 急に、1人の労働者が倒れた。歳は俺より1つ下くらいか。疲労だろう、可哀想に。だが、そういう奴を奴隷監督は見逃さない。


「あれれ? もうお仕事終わり?」


「もう……身体が……」


「あめぇんだよ!」


 弱った年下相手に、奴隷監督は怒りの鉄槌を下す。それはまるで、怪我をした子鹿を狩る猿。情けなさの塊。


「おめぇの代わりなんていくらでもいるんだ。使えなくなったら……殺すぞ?」


「ご、ごめんなさい」

 

 労働者は無い力で立ち上がり、再び労働へと戻った。だが、彼はもう限界が近そうだ。


「こうやって恐怖で統制することによって、奴隷たちは働くのです。見る限り、あなたはかなり大切に奴隷を扱っていますね」


 ジュインはそう言って、俺の方をチラリと見る。何が言いてぇ。


「奴隷たちに慈悲を持ってはいけません。彼らは人では無いのです。目の色だって違う。我々と違って、彼らはただの獣なんですよ」


「……そうですね」


「おっと、この会話は奴隷たちに聞こえてないのでご安心を。ルーブ語は監督にのみ教えていますから」


 クソが。気に入らねぇ。


「つかぬ事をお聞きしますが、お屋敷はどちらに?」


 ユードラはさりげなくジュインに尋ねた。ナイス。最終的に攻め落とすのは本丸だからな。


「あそこですよ」


 ジュインの指し示す方向には、確かに屋敷があった。かなり大きい。うちにあるやつよりでかいんじゃないか。ざっと30人ぐらい暮らせそうだ。だが、それにしても……


「これ、奴隷たちの住居から近すぎませんか? もし反乱でも起こされたら……」


「ご心配なく。奴隷監督を含めた10数人のスタッフを見張りにつけています。銃を装備しているので、反乱を起こされた所で鎮圧出来ます」


 なるほど、そういう事か。つまり『攻めるまでは簡単だが、鎮圧が難しい』と。


「さて、そろそろひと休憩しましょうか。私の屋敷にぜひいらしてください。紅茶も砂糖もお菓子もあります。夜遅くまで、たっぷりと……」


 そう言ってジュインはユードラの下腹部に手を伸ばす。こいつ……! とんだ変態親父じゃねぇか。


「せっかくのお誘いですが、本日はまだ雑務がありまして。これにておいとまさせていただきます」


「おや、それは残念ですね。ではまた次の機会に」


 へへ、こいつ、本当に悔しそうな顔してやがる。こんなゲスなら、殺しても別にいいな。


「ええ、では」


 俺たちはジュインに会釈をし、その場から立ち去った。


――


「大丈夫だったか?」


「ん? 何が?」


 ジュインの領地から帰る途中、突然ユードラが話しかけてきた。俺は疑問符をつけて返答する。


「いや、奴隷だった頃の記憶を思い出させてしまったかなって。嫌な思い出だろうから」


 おいおい、俺を誰だと思っている。このヒロトさんにトラウマなんてあるはずねぇだろ。


「全然平気。ユードラこそ大丈夫か? あの野郎……いくら美人だからってあれはねぇよな」


「ああ、私も大丈夫。あれが母国では普通だったから」


 ユードラは至って涼し気な顔でそう言い放った。ん? 普通だって?


「母国ではね、女性の地位がとてつもなく低かったんだ。1人で店を開くことも出来なかったし、さっきみたいなことも日常茶飯事だった」


「そんな……」


 もちろん、ヤマトでも男性の方が権力が強かった。でも、これほどでは無い。


「だから私は強く賢くなる必要があったんだ。自分自身の知恵と身体で生きていけるように」


「それは……こちらこそ悪い思い出を……」


「いや、いいんだ。君と一緒で私も慣れてしまっていたから。さて、そんなことは置いといて。早く帰って作戦を立てよう」


 そうだそうだ。俺たちはそのために今日、あんな所行ってきたんだから。


「ちょっと飛ばすよ」


「あ、待ってくれー!」


 脚の回転を速めるユードラ。俺はそれに負けじと食らいついていく。深い山の中に、2人の地を蹴る音が響いた。

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