第23話 俺がやりました

○○○




 背後にまず一人、懐かしい気配がした。


「ムコ殿、たっだいまー!」


「おかえりなさい、センセイ」


 薄紫の着物を着崩したセンセイが、勝手知ったる何とやら……いや、元々センセイの家だから構わないのか? とにかく彼女は、家に入るや行儀もクソもなく、着物をはだけさせデロンと床に寝転がった。猫かな?


「センセイ、着物が皺になりますよ」


「ならんならん、こやつはそんなチャチな鍛え方をしておらん」


 着物だろ、鍛えるってなんだよ……。

 真面目に考えると頭がおかしなりそうだから「そうですか」と軽く流した。


「ほれ、何回も来とるんじゃから、そろそろ慣れんか」


 センセイが、入口の方でひょこっと顔を出している女性───ミカへと声を掛けた。


「それじゃあ、失礼します……」


 心地よい澄んだ声だった。

 おずおずと小屋へと入ったミカは、準備を続ける俺の隣へとやってきた。


「イチロー、元気してましたか?」


「相変わらず元気してるよ。そっちは?」


「私も元気です……ただ、」


「『ただ』?」


「……この旅で、自分自身がやってしまったことを改めて実感しています」


 俺は当人ではないから半端なことは言えない。

 それでも、伝えたい言葉があった。


「やらかしてしまった人を癒やす───ミカとセンセイなら限界までやれると思うよ」


「貴方に言われると、何だか照れますね……」


「やめろし。俺が照れるわ」


 本当にミカはわかりやすい。

 かつて表情が変わらないなどと陰口を叩かれていた彼女は、今となっては、俺の言葉に顔を真っ赤にする。


「それに俺は思うんだ。

 竜宮院の存在自体は理不尽の権化のようなものだった。けど、別に、竜宮院なんてのがいなくても、世の中には理不尽なことだなんていくらでもある。二人なら格好良くさ、そういった不幸を打ち砕いていけるんじゃないかって」


 センセイ&ミカとか最強じゃないか。

 負ける気が全くしない。


「イチロー、やめてください」


 感情のままに話したのが悪かったのか、ミカがしゃがみこんで顔を隠した。

 そして「うー」と呻いている彼女の服の袖の奥で、俺の渡した腕輪がキラリと光っていた。


「ムコ殿、聞いた話しなんじゃが」


 寝そべって食事を待つ存在と化したセンセイが、だらけた姿勢のまま語った。


「王都にあったいくつかの闇ギルドが、一週間ほど前に一夜にして消え失せたって話があってな」


 センセイが口の端を吊り上げ俺に問うた。


「あれぬしじゃろ?」





◯◯◯




 どうして知っているのか……。

 確かにセンセイの言った通り闇ギルドを壊滅させたのは俺であった。


 といっても何も俺は正義感から動いたわけではない。


 先日のことだ。

 山を降りると久方振りにミランと合流し、駄弁りながら市場を物色していた。

 ミランは小さいながらも利口であり、色々な話題をキャッチしており、中でも遠く離れた王都の話も耳聡く知っていた。


 彼女の話によると、あの日・・・からそれほどの日数が経っていないに関わらず、竜宮院の後始末が原因で発生した政治の乱れに乗じて、悪人共の動きが活発化していた。

 そんな中でいくつかの盗賊集団が台頭し、幅を利かせていた。


 大変だなぁと、他人事よろしく軽く流したが───そのときであった。


 脳裏に妙案が浮かんだ。

 俺がかねてより抱いていた悩みを解決するにたる妙案である。

 ミランに彼女の家に寄るようにかなり強く勧められたが、腕を引っ張る彼女を宥めすかして何とか辞した。

 すぐさま俺は小屋に戻った俺は、《連絡の宝珠》を取り出すと、マディソンのじーさんに相談すべく繋いだ。

 


 

○○○




 所要時間は二時間と少し。

 成果は四つの新興盗賊団及び闇ギルドの壊滅。

 死者はゼロ。

 その場にいた構成員は全て無力化し国へと引き渡した。

 情報を聞き出すなら聞き出す、処すなら処すで勝手にやってくれ。

 俺が欲しかったのは───




◯◯◯




「センセイ、よくわかりましたね」


「当たり前じゃ」


 ははー、と俺はふざけて頭を下げた。


「うはは、もっと敬え敬えー」


 センセイが俺のおふざけに乗っかったのだった。


「それはそうと、どうして俺の仕業だってわかったんです?」


「そんもん簡単じゃ。ちょうどあの事件があった日に、王都の方からムコ殿の気配を感じたからの」


「え、と、そのときセンセイはどこにいたんですか?」


「我は、確かレモネとかいう街におったの」


 レモネは王都から遠く離れた街であった。

 そんなに遠くにいるのに俺の気配が───


「身構えんでもよい。当たり前じゃ、我はぬしの保護者だからな」


 保護者?

 保護者ってそんな遠くの気配がわかるの?

 まるでGPSを体内に埋め込まれた気分であったが、これ以上は深く聞くまい。


 そうこうして、俺は調理をしながらも近況報告を続けた。するとそこに、扉を控えめにノックする音が聞こえた。

 ミカが「私がいきます」といい、扉をゆっくりと開けた。


 するとそこには、


「みなさん、お久しぶりです」


 パフィがいた。


「おう、もうちょいでできるから上がって寛いでておくれ」


 俺が声をかけると、楚々とした仕草で「では、失礼しますね」と小屋に足を踏み入れたのだった。

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