第24話 彼女は俺の手を引いた

○○○



「イチロー、マディソン宰相より伺いました。この度のこと改めてお礼申し上げます」


 軽く手を水洗いしてパフィに向き合った。


「頭を上げてくれよ。あの日、俺が力になってやるってパフィとは約束したからさ。といっても俺に出来ることは文字通り『力を貸す』ことだけなんだけどな」


 パフィが首を振った。


「全ては貴方のお陰です。貴方がいろいろと動いてくださったから、私は……何とか───」


 彼女が右腕を掲げた。そこには俺の渡した腕輪があった。

 それに彼女の胸元が微かに光った……ように見えた。温かな光だった。


「私は、いつだって貴方の心を感じています……なんてのは少しはしたないでしょうか?」


 恥ずかしげにパフィは微笑んだ。

 かつて俺が王城で過ごしたときに見た彼女だった。


「はしたなくはないけどよ……」


 俺は彼女の笑顔とセリフに動揺してしまい、情けなくももごもごと呻いたのだった。

 そんなやりとりをしつつも、彼女は近況を語ってくれた。


 竜宮院が捕縛されて以降、価値が下がったパフィを、隣国のどこぞの貴族へと投げ売りしてしまおうといった案が、中々しぶとく残り続けていた。

 けれど少し前に彼女直属の謎の探索者(?)が四つもの闇ギルドに盗賊集団をたった一夜で壊滅させたといった一報が貴族社会に駆け巡った。そのおかげで彼女の評価がぐっと持ち直したそうだ。


 どのようにしてそのような探索者と知り合ったのだとか、彼をどのように手懐けたのかだとか、いや本当に探索者なのか? 正体は魔導ゴーレムじゃないか? だとか、いや、あの探索者と姫はただならぬ関係にあるのじゃないかだとか、様々な憶測を呼んでいるようであった。けれど、概ね好意的な評価が多く、くだんの探索者の実力込みではあるが、当面、パフィを手放すという案が持ち出される心配はないだろう。


 そういった話を聞きつつ俺が胸をなでおろしていると、五つの気配がした。


「ただいま」


 セナと───彼女に首根っこを掴まれた二人の剣士であった。


「師匠、今回も駄目でした……」


 半泣きのエリスが呟いた。


「疲れて休んでたところに、三十匹もの能天使狼エクシアウルフが押し寄せてきてね……今回は本当に死ぬかと思った」


 オルフェが「あはは」と笑って説明した。

 あははじゃねーよ! ボロボロじゃねーか!


「これじゃ、まだまだ時間がかかるわ」


 セナは腕を組んで『手の掛かる娘達だわ』と言いたげな様子であった。


 残り二つの気配は───


「みんな、久しぶり」


「イチローくん、元気かい」


 アンジェに続いて、プルさんの声が聞こえた。


「アンジェ! プルさん! 待ってましたよ!」


「イチロー、ごめんね。ちょっとバタバタしてて……」


「気にすんなし。ちょうど出来上がったところだ」


「イチローくん、手伝うよ」


 一人一人とは、時折会っていたけれど、このメンバーが揃ったのは初めてだった。小屋の人口密度がちょっとやばい。

 センセイが旅に帰る前に、三人でセンセイの謎素材を用いて、小屋を拡張しなければならないなぁと、これからのことに思いを馳せた。

 みんなに席に着くように促し、俺とプルさんは手早く、みんなの皿を並べた。


 セナ様もお認めになったモッツァレラチーズをふんだんに用いたトマトのピッツァ、街で購入したふわふわのパン、俺の好きなベーコンを大量に放り込んだペペロンチーノ、魔物肉のサシの入った部分を贅沢に厚切りにしたステーキ、そいつの骨と大量の野菜を煮込んで作ったポトフ、それからメインディッシュのみならず口休めの副菜なんかも多数用意してある。

 


「イチロー、いいじゃろ?」


 センセイが、俺に問うた。

 俺は厳かに頷いた。

 彼女が、勢いよくドンとテーブルに酒瓶を置いた。


「飲むぞ!!」


 センセイの呼び掛けと共に、一部の層から「わぁー!」と歓声が上がった。大人には飲みたいときがあるのだという。なら仕方ないよな。日頃の頑張りを労うためにセンセイの杯に酒を注いだ。

 それに合わせて、それぞれが互いに杯に飲み物を注ぎあい、タイミングを合わせてセンセイが杯を掲げた。


「我らはもう本当にいっぱい頑張った!! だから今日はいーっぱい食べていーっぱい飲んでいーっぱい羽目を外すぞーーーーー!!」


 さすがカッコイイ系ダメ大人代表のセンセイ。


「それじゃあ!」


 皆がセンセイに合わせてグラスを持ち上げた。


「「かんぱーーーーーい!!」」


 俺達は盛大に声を上げたのであった。

 愛してんぜ、センセイ!




○○○




 センセイやプルさんやオルフェはかなりのペースでお酒を飲んでいたけれど、俺達はちびりちびり舐めるように飲みながら、食事し、近況報告というよりはもっと気安い、愚痴なんかも交えた互いの近況を話し合った。



 プルさんは、グリンアイズのギルマスを辞める手筈であったが、そうは問屋がおろさなかった。

 王都に近いグリンアイズのギルマスに中途半端な人材を置けんと探索者協会なる組織の上の人や、マディソン宰相達によって辞める予定の前日に待ったが入ったのだった。


「私が、記憶に違和感があるって訴えたときに頭おかしい奴を見る目でみたくせにー! あんのジジイ! 私はぜーーったいに忘れないからな! それに私はもう疲れたんだー!」


 ここには凛としてプルミーはいなかった。代わりにいるのは酒に酔い駄々をこねてプルミーであった。

 結局、双方の意見に折り合いがつかず、プルミーさんが相談役という役職につくことでようやく一段落ついたのだった。


「相談役って何?! 結局ギルマスの仕事も結構な割合で振られるしやってること前と何も変わらないじゃないか!!」


 わあっとプルミーさんが声を上げた。


「ええ、と大変そうですね……俺に手伝えることがあれば言ってくださいね」


「イチローくん、君は本当に良い奴だ。こんな催しをしてもらうだけで私はぁ、私はぁぁ、里に行こうって行ったのにィィィーー!! うわあああーーん!!」


 まだ大丈夫だと思ったプルさんは全然大丈夫ではなく、酒に飲まれて咽び泣いていた。


「イチロー、ありがとね」


 気心の知れた安らげる声がした。

 俺の隣に腰を下ろしたのはアンジェであった。


「プルさん、イチローに会うのめちゃくちゃ楽しみにしてたから……本当に良かった。あ、もちろん、私もイチローに会うのとっても楽しみにしてたのよ」


 アンジェはからからと笑ってみせた。


「俺もだよ。俺もアンジェに会うの楽しみにしてた」


 仕返しとばかりに俺も言ってやったら、アンジェは思っていた反応と異なる反応を見せた。


「───っ」


 言葉にならない言葉と共に、火がついたみたいな真っ赤な顔で、俺の腕を掴んで何度も前後に揺らした。

 時を重ねればいつかは、かつての俺達の様に、もっと気安い関係に戻れるだろう。

 それにきっとその先にも───


 俺はそう確信した。


「冗談は置いといて、学校はどう?」


 俺の言葉にどこか拗ねたような表情でアンジェが語った。


「中々大変よ。けど、やり甲斐はあるわね」


 賢者という二つ名通り、誰よりも豊富な知識と誰よりも優れたアイデアを持つ彼女は、講師になると同時に生徒達から付き従われ、引っ張りだこだったようだ。自分の授業をサボって彼女の授業を受けに来る者も出る始末で、普通では考えられない形で問題が起きたのだそうだ。

 人を見下さず、生徒の目線を大事にする彼女だからこそ、多くの生徒に慕われているに違いなかった。

 しかし、彼女の話も、いい話ばかりではなかった。


「何回断ってもお見合いを勧められるし」


 ありがた迷惑だっつーの! とアンジェが管を巻いた。


「私がコネで講師になった……? ぶっ殺すぞあのハゲとガキンチョ共!」


 管を巻くどころの話ではなかった。


「あの、アンジェさん……? 落ち着いて……落ち着いて……」


「あによぉ?……あらしはおりついてるわよお」


 どうも、呂律が回っていないようだ。

 アンジェが杯の残りを飲み干すと、そのまま「なんらか、ねむい」と告げ、勝手に布団を敷いて横になった。

 アンジェ、逞し過ぎるだろ!


 そこで、周りを見てみると、プルさんは瓶を抱いて寝てるし、ミカも無理やり飲まされたのか顔を赤くして眠りについていた。

 エリスとオルフェは二人で腕相撲に勤しんでいるし、センセイは「にゅっふっふ」と審判役を務めていた……かと思えばこちらを一瞥し、ニヤリと笑ってみせた。



 ならばセナは───


「イチロー、わたしと外へ行きましょう」


 ふっと現れたセナが俺の手を掴んだ。

 そして、


「あの二人で、星を見た草原に今───」


「行こう」


 俺はセナに引っ張られる様に立ち上がり、二人で小屋の外へと駆け出した。

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