第14話 王都での三日間⑤(剣聖 vs アルカナ王国騎士団長)

○○○



 少女の名をエリス・グラディウスという。

 剣聖である彼女は俺の一番弟子であり、なおかつ、彼女に相対する男性───アルカナ王国騎士団長ラグナ・グラディウスの愛娘であった。



 眼の前で繰り広げられるのは父娘おやこの打ち合いであった。

 こうして二人が剣を交えるのを見てみると、その構えや剣筋が驚くほどに似ていることに気付く。

 彼らの流派が同じソード流であることも理由の一つであったが、それ以上に、かつてのエリスが、父親である騎士団長を強烈に意識してきたことが大きく影響しているように思えた。


 剣術というのは、多くの者が長年積み重ねた経験を定石化したものであり、究極の集合知とも言える。

 彼ら二人はソード流という剣術───その歴史を極め尽くし、己が血肉とせし猛者であった。

 二人の戦いは、ソード流の歴史の中でも極限対極限のレベルであった。

 苛烈に攻めた、かと思えば堅固に護り、護りに入ったかと思えば隙を見出し一気呵成に攻め立てる───攻守が忙しなく入れ替わり立ち代わり行き来し、一瞬たりとも目が離せなかった。


 彼ら親子はどれだけ強烈に打ち合っても全く崩れないフィジカルを持ち、一日も欠かすことなく磨き上げられ続けた珠のような技術とそしてそれらを完全に律するメンタルを持ったバケモノであった。


 ただ速く、ただ力が強いだけではない。

 共に、心技体の全てが人類最高峰であり、その闘いはまさに超絶技巧を駆使した撃ち合いの応酬であった。

 エリスの緩急織り交ぜたフェイント───からの最速の突き───それを騎士団長が最短距離で難なく弾いてみせるなどど───お互いに一歩たりとも譲らず、激しい剣戟は続く。


 けれど俺には確信があった。


「エリス……俺に、それから騎士団長に、お前の成長した姿を見せてくれ」


 俺が願いを口にした瞬間であった。

 騎士団長の最高最速の一撃が振るわれた───けれどそれは───ぬるりと揺蕩う水の様なエリスの剣技によって───完全に絡め取られ───ギィンッッ!!───宙空へと弾き飛ばされた。


「───」


 言葉を失ったのは、騎士団長だ。

 彼は、痺れる己の手を見つめ……やがてエリスに視線を向けた。

 その表情は険しいものであったが、彼は柔らかく微笑んでみせた。


「エリス、私の完敗だ。強くなったな」


 つい数瞬前まで強張った表情だったエリスの表情がようやく弛んだ。戦いの間、ずっと気を張っていたのだろう。

 

 騎士団長は彼女に近付くと、彼女の頭に手を乗せた。彼は慈しむように何度も撫でた。


「父様……」


 騎士団長に認められたことに、エリスが遠目でもわかるほどに目を潤ませ、ぶわっと大粒の涙をこぼした。


「ほら、泣かない。エリスは、私に勝ったんだから胸を張りなさい」


「父様……私は、」


「大丈夫。言わなくてもわかる。私達は剣を交わした。それだけで十分だ。君がこれまでどんな修練を積んで、どれだけ頑張ってきたか……」


 彼はエリスを優しく包み込むように抱き締めた。


「エリスは、私の誇りだよ」


「父様……」


「娘が一人前になったと思ったら、何だか急に寂しくなるもんだね……あの小さかったエリスが」


 騎士団長の声が震えていた。


「私は、本当に駄目な父親だね。今さらながら本当に後悔しているんだ。もう少し君との時間を大事にすれば良かった……」


「父様やめてください……私は父様を尊敬しております」


 どうしたってエリスも騎士団長も言葉が足りない。けれど、二人にはそれで十分だった。

 騎士団長の瞳からつつと涙が溢れた。

 彼は過去に思いを馳せているに違いなかった。


「君が帰ったときでいい。これからも剣を交わそう。それだけじゃなくて、もっと君と話したいと思う」


「父様、私も父様ともっともっと色々なことを話したい、です」


 彼らは基本的に言葉少なく、俺の目からすると不器用に見えた。

 けれど、父娘の絆と剣による絆の二つの糸で固く結ばれた彼らには、それで十分だった。


 やがて、騎士団長はエリスから離れると俺に向き直った。彼の瞳が俺に射抜いた。


「イチロー、エリスが開花したのは君のお陰だ。本当に君には感謝しかない」


 彼は言ったが、それは半分正しくて、半分は間違えている。


「エリスが頑張ったからですよ」


 そうだった。エリスは、たとえ俺がおらずとも間違いなく頭角を現し、その実力を世界に轟かせていたに違いなかった。


「俺がやったのは、彼女の背を少し押したことだけです」


 俺の言葉を聞いた騎士団長が首を振った。 


「そんなことはない。君がいなければ、彼女もあれだけの成長をみせることはなかった。私では難しかった……そう考えると少し悔しくもあるけれどね」


 悔しい……その言葉を聞けて良かったと思う。

 彼がそう思うのなら、これからエリスとの時間をこれまで以上に大事にするはずだから。


「───イチロー」


 彼が数瞬、天を仰いだ。


「何ですか?」


 その視線を下ろすと、ふぅーと溜め息をいて、彼は俺に頭を下げた。


「エリスのことは任せたよ」


 そら、当たり前よ。

 何たって俺はエリスの師匠なのだ。

 そんなことは言われずともよくわかってる。


「当然です。俺に任せてくださいよ」


 彼を安心させるためにも大きく頷いてみせた。

 俺達の会話を聞いたエリスが、早歩きですすすーっと俺の隣にやってきた。


「まさか父様にそう言ってくださるだなんて……師匠」


 エリスが頬を染め、俺の袖を摘んだ。


「任せろ。男に二言はない」


 答えてから気付いた。

 エリス、顔面真っ赤じゃん!

 何でぇこれェ!

 もしかして選択肢ミスった?!


 俺の疑問とは裏腹に、両手を組み合わせたエリスが天にも登る表情となった。


「私の子供の数は騎士団を作れるくらいで……」


 子供っ?!


「けどセナ姉様も大師匠もおられますし……そうなると子供の数は如何ほどになるでしょうか……想像もつきません……ああ、なら山の小屋ももっともっともーーっと大きくしないといけませんね……!」


 やべーよ! やべーよ!

 何かこいつ……何だかわからないけどやべーよ! やべーってばよ!

 やべー空気をビンビン感じるよ!


「エリス、ちょっと何か勘違いしてない?

 子供って色々飛ばしすぎてるし、ほら、親父さんもそういった意味で俺に『任せる』といったんじゃなくてだな、『師匠』的な意味で、大切な娘さんを俺に任せてくれたんだ」


 ですよね? へへへ!

 俺は騎士団長に顔を向けて尋ねた。


「違うよ」


 えっ?


「私は、君に娘の全てを任せると言ったんだ。そしたら、君が『俺に任せてくださいよ』と答えた。これが真実であり全てだ」


 ヒェッ!

 このときの俺の気持ちをどう伝えたらいいのか……。


「ま、またまたぁ、騎士団長も何を言ってんですか。マジ冗談キツイっすよぉー」


「私のことは義父とうさんと呼びなさい」


 強盗にやられましたと助けを求めた先で出てきたのは強盗であった……まさにそんな気分であった。


「パパでも可」


「パパでも可じゃねーよ!」


 うーんこの父娘───


 するとそこでエリスがうっとりした表情で右手を掲げた。

 そこには、美しい文様の入った腕輪があった。

 俺が彼女達・・・にあげた物だった。


「師匠、これ。私にくださいましたよね」


「うっ」


 確かにあげた。それは事実だった。


「それにあのとき言ってくださいましたよね」


「そ、それは───」


 俺とグラディウス父娘の戦い(?)の火蓋が切られた。

 その結果、俺は致命傷を負いながらも何とか致命傷で済んだのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る