第13話 王都での三日間④(あのときの二人)
○○○
セナは、人混みがやはり苦手であった。とはいえ、山を降りただけで震えていた頃に比べれば、途轍もない進歩であった。
舞台を見終わり、大人数で食事に行くことになったが、今回は残念ながらエリスは同行しなかった。
「エリスは行かねーの?」
「私は、準備がありますので」
「準備?」
「ええ、準備です」
彼女の瞳に決意の
何の? と聞くこと自体が野暮だと思った。
「頑張れよ」
○○○
食事を終え、己の腹をポンポンと叩くセナの背中を撫でていたが、予定の時間になったのでその役目をセンセイに任せ、俺は一人で目的地に向かった。
アルカナ王城にある王国騎士団訓練所に足を踏み入れた。俺の目的地であった。
「やあ、イチロー」
俺を待っていたのは、エリスの父であるラグナ・グラディウス騎士団長であった。
「お久し振りです」
「久し振りだね。見違えたよ、本当に。まるで───」
彼は俺に声をかけると、その目を細めた。
そして、そんな彼から二歩ほど離れた場所にいたのは、ほわほわお姉さんシスターのシエスタさんであった。
「聖騎士様……お元気でしたか?」
いつも、朗らかに俺を癒やしてくれた彼女は俺の尊敬する人物の一人であった。しかしどうしたことか、彼女の表情には翳りが見えた。
「俺は元気です。シエスタさんの方こそ……」
シエスタさんが俺の言葉に弱々しく首を振った。
「聖騎士様、これまでのお話をお聞きしました。知らず知らずの内に私達も、貴方を追い詰めていたのですね……」
「どっかの誰かの変なスキルのせいですよ」
「スキルの問題ではありません。私達のために命を懸けた者を私達が追い詰める……何と醜悪なことでしょうか」
「終わった話です」
「けど───」
「シエスタさん、そんな顔しないでください。
この問題は結局、どこまでいっても俺だけのものです。
神様でも、王様でも、それは絶対に変えられない。俺だけのものなんですよ。だから、俺がいいと言えばいいんですよ。
だからもう、そんな顔をしないでください」
俺の言葉に、シエスタさんが袖で目を隠した。
「俺がこの訓練場で騎士団の方々にお世話になっていたとき、貴方の笑顔に何度も助けられました。貴方には笑顔が一番似合ってます。あのときみたいに、俺に笑顔を見せてくださいよ」
シエスタさんが、目元からゆっくりと袖を離すと、真っ赤になった瞳が見えた。そこから大粒の涙がこぼれたが、彼女は必死に堪えたようだった。
「私は私の罪を忘れることはないでしょう。けれど……貴方がそう言ってくださるのなら、私は貴方に謝罪ではなく、感謝の気持ちを伝えましょう」
そう言ったシエスタさんが、
「聖騎士様───いえ、イチロー様、私達のために頑張ってくださってありがとうございます」
大切な言葉と笑顔をくれたのだった。
「今日はここに来て、二人にお会いできて良かったです」
俺の言葉を聞いたエリスパパが慌てた様子をみせた。
「ちょちょちょ、私も君に謝らねばと思っていた。けど、シエスタさんが言いたいことを全部言ってくれたね。だから、改めて言うよ、これまでのことは本当に申し訳なかった。それから、ずっと頑張ってくれたんだね。ありがとう」
彼は頭を下げる代わりに、手を差し出した。
「二人のお気持ちはしっかりと受け取りました」
俺はそれをしっかりと握りしめたのだった。
「ところで」
二人と挨拶を終え、労いの言葉をもらい、俺は尋ねた。
「二人のお気持ちはいただきましたが、俺をここに呼んだ理由はそれだけではないですよね?」
訓練場に足を踏み入れたときから、エリスパパから迸る剣気に気付いてはいた。
「そうだね。どうしても、君と久し振りに剣を交わしたくて、ね」
彼が「ちょっと待ってて」といってその場を離れると、すぐさまその手に木剣を携えこの場に戻った。
「じゃあ、やろうか」
彼に渡された木剣を構えると、彼が飛びかかってきた。
アルカナ王国騎士団で使用されている正統派剣術であるソード流剣術───その最上級の遣い手であった。
イッサイガッサイの手抜きなし。圧倒的な速度も、教科書もかくやという技術も、抜群の勝負勘も、正確な判断も、その全てが最高峰と言えた。互いに身体の強化なしの純粋な剣技のみの勝負であった。
けれど幾合か撃ち合い───鍔迫り合いッッ!───から抜いた木剣を───ガンッッ!!───彼の腹部に叩き付けた。
「はぁーー。勝負あり、だね。君の勝ちだ。
本当に、強くなったね」
腹部を抑え込んで地に膝を着けた彼が、俺の勝利を告げた。
「おふた方、お怪我はありませんか?」
駆けつけたシエスタさんが、俺達に尋ねた。
「シエスタさん、ちょーーっとダメージが大きくてね。回復をお願いできるかな? なにせ今日はもう一戦控えてるからね」
もう一戦?
俺の頭に疑問符が浮かんだのもつかの間、
「失礼します」
だだっ広い訓練場によく知る少女の声が響いた。
「エリス……」
振り返ると、凛とした佇まいの少女が、そこにいた。
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