第12話 王都での三日間③(濃いメンツで飲んだw)

○○○



 一杯目の麦酒を飲み干すとアダムが言った。


「お前には感謝している」


 渋い声で、苦味走った表情だった。

 聖騎士アダム・アロガンス───《封印迷宮》を司りし三人の内の一人である。

 彼は、ハリウッド映画の元CIA役なんかで出演してそうなルックスの、いわゆるイケオジというやつであった。

 彼とはほとんど話したことがなかったのだが、どうしてか酒の席を共にすることになってしまった。


「今回の招集で、俺達聖騎士はこれまでの実績を改めて国に認められた。これで俺達に吹かれた逆風もマシになり、やがてはなくなるだろう」


 逆風と言われると答えづらかった。

 彼らが蔑まれる切っ掛けはやはり『聖騎士ヤマダ』に対するネガキャンであった。犯人は竜宮院であるものの、罪悪感がないと言えば嘘であった。


「こっちこそ───」


 アダムは俺のセリフを「待て待て」と遮った。


「まだ話は終わってない。そもそも、俺達はお前に救われたんだ。お前が《封印迷宮》を消滅させなければ、遠からず俺達は皆死んでいた。それこそ歴代の聖騎士達の様にな……。

 ただ、今日は眉をしかめてその辺の詳しい話をするつもりはない。気になるならノーブルの娘にでも聞いておいてくれ。

 まあ、とにかくだな、要するに、俺はお前に感謝しているのさ。それこそ、お前が困ったときは、命を懸けてお前の一助になろうと思うくらいにはな」


 おっさんというのは、自分の言いたいことを言い終えたら満足してしまう悪癖がある。アダムも例に漏れず、言いたいことだけ言うと満足したように、「ハッハッハッ!」とハリウッド映画ラストシーンのイケオジ主人公が如き笑い声と共にスマイルを浮かべたのだった。


「まあよぉ、かたっ苦しい話はそこまでにして、ほら飲め」


 サガのセリフだ。

 彼は俺の前にごっついグラスを置くと、そこになみなみと酒を注いだ。


「ほら飲め! 飲まなきゃ始まらないぞ」


 サガが俺に酒を勧めるも、元の世界ならアルハラと謗られてしかるべきセリフであった。しかしそんな倫理観や道徳など彼にとっちゃ鼻くそみたいなもの。

 ただまあ、せっかくの男同士での酒の機会だと俺も彼らに倣い、グラスに口をつけたのだった。


 そこからは三人で騒いだ。

 始まったときは、探索についてだとか、戦闘スタイルがどうかとか、わりかし真面目な話であったが、時間が進み、気を許し、酒が回るにつれ、サガの嫁が複数いる話だとか、子供が両の手の指で数え切れないほどいるかだとか、アダムが好き合ってる女性と真剣に交際している話だとか、それにチャチャを入れるサガだとか、女性のどの部分が好きだとか、どういう仕草が好きだとか、どんな女が好きだとか、どんな◯◯が好きだとか、女性に聞かれると一発アウトな話をしていると、時間なぞあっという間であった。


 そして何度目かになる、俺のグラスがちょうど空になったタイミングで、右後方から声が聞こえた。


「小僧、楽しそうにしておるな」


 振り向くと、宰相のじーさんもといマディソン宰相であった。

 既に赤ら顔のおっさん二人はかしこまることもせず「あぁん?」とメンチを切る始末である。


「宰相のじーさんだぞ!! サガ睨むな!! アダム睨めつけるな!!」


 俺の注意に対し、じーさんは「構わん構わん」と笑いつつ、四角形のテーブルの最後の一席に腰を下ろした。


「あー、給仕の者よ。麦酒を一つ頼む。それから、燻製の盛り合わせとな」


 何か自然に溶け込んでるんですが……。

 こうして、俺、アダム、サガ、マディソンの飲み会が始まった。

 まさに濃いメンツが集まった瞬間であった。


 それまではどこか冷静に自分をセーブしながら飲んでいたが、たまには良いだろうと、明日の自分に全てを託すことを決めた。

 それからはもう酷いものだった。

 緊張もするし、おかわりしろと強制されるし、散々であった。

 けれど楽しくないと言えば嘘であった。

 年齢も立場もクソもないバカ話をしながらも、気心知れた(?)男同士で飲むのは、やはり楽しいものであった。


「イチロー、すまんなぁ」


 適度に酔いが回ってくると宰相のじーさんが記憶喪失になったかのように、何度となく俺に謝罪を繰り返した。


「すまんのぉ、この老骨を許してくれぇ」


 それも一度や二度ではなかった。


「う、うぅうぅぅ、すまんかったなぁ」


 俺も初めは「気にしないでください。仕方がなかったことです」と丁寧に応答してたものの、段々と面倒くさくなって「わかりましたから」「大丈夫ですから」とあしらった。

 どこが感動する場面なのか、俺と宰相のじーさんのやりとりを見たアダムが、目頭を押さえて涙を流した。アカンわこれ。アルコールが脳に回っておかしくなってる。


 さらに時間が進むと、サガが思い出したかのように、シオンちゃんとカノンちゃんを俺に勧め、「二人はオメェにやるよ」とやけに絡んでくるようになった。


 それでも俺は何とか断り続けたが、サガの猛攻の前に、やがて両手を突き出して「もう勘弁してくれ……」と答えた。

 それに対してサガがオッサンの伝家の宝刀である「俺の娘が気に入らないのか(パワハラ)」という技を使ったとき、先程まで泣いていたじーさんがなぜか覚醒し話に加わった。


「イチロー、私にも娘が三人……いや二人おる。どちらかを娶って私と家族にならんか?」


 爆弾発言だった。

 その発言を皮切りにじーさんとサガの俺を巡る争いが勃発した。


「待てェ……イチローはウチのもんだ」

「いや! 此奴は私のとこにくるんだ!」


 何だこれェ……!!

 やべーよ! やべーよ!

 こんなのおっさんずハーレムじゃん!!

 俺を巡る三角関係なの?



『    俺

    

  サガ   宰相  』 



 トンだ三角形だよこれ!

 絵面も汚ねーし全く嬉しくねーよ。


 さらには筋肉ダルマとジジイから、それぞれの腕を引っ張られる俺。



『サガ 俺 宰相』



 今度は汚い大岡越前である。

 しかしこれは駄目だ。

 何が駄目かと言えば、右の奴も左の奴も俺の腕を決して離しやしない。

 俺が大事なら離してくれ。

 苦しむ俺を横目に、ハリウッド俳優アダムは、白い歯を見せながら、「ハッハッハッハ」と手を叩き喝采した。何がおもろいねん!


 この場はまさに世界の終わりと言えた。




◇◇◇




 俺が覚えているのはそこまでであった。

 何かヤバいことを言ってなければいいけど……。

 それはさておき、朝になり死屍累々となった俺達四人は「朝日がァ目に沁みるな」「もう二度と飲まねーよ」「ハメを外し過ぎたわい」「迎え酒しに行くかぁ。誰か付き合えよ」「誰も付き合わねぇよ」「ならサガ、俺が付き合おう」などと、一頻ひとしきりダベると俺達は別れの挨拶を交わしその場をあとにした。




 帰路についた俺の背後から足音が聞こえた。


「待て、イチロー」


 宰相のじーさんであった。


「きちんと話が出来んかった。今度は二人でサシで話そう」


「ええ、今回は……何ていうかハメを外し過ぎましたね」


「じゃな。それよりも、今日の予定はどうなっとる?」


「昼頃に、アノン達と王都を回るつもりです」


「ならそれで構わん。夜は空けておけ。ラグナとシエスタが小僧に会いたがっておる」


 そういうことになったのだった。

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