第10話 王都での三日間①

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アシ ミ  クエ クア


セナ イ  セン オ


エ  アノ アン プ


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酒『サ+アダ+ネ』

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「危ない! ミカ!」


 豪奢なシスター服の少女が誤って罠を踏んでしまった。

 間髪入れずに察知した黒髪の青年が、彼女を突き飛ばした。その刹那、ビィンと彼女の元いた場所をレーザーが地を抉った。


「助けてくださってありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げた女性に、青年が右手を突き出した。


「大丈夫だよ。聖女様が無事で良かった」


 そう答えた彼の表情は、青褪めていた。レーザーが彼の腹部を貫通していたのだ。それに気付いた彼女はすかさず彼に回復魔法を施した。


「私のせいで……」


「大丈夫だよ。君のせいじゃない」


「けど、」


 なおも言い募るシスターに、青年は首を振った。


「君の役割は結界を張ることと、回復魔法だ。君の護りが手薄になったとき、君を助けることは当然だろ?」


 青年が、二人パーティの相方とも言えるシスターの悩みを吹き飛ばすように少しカッコつけてニヒルに微笑んでみせた。





○○○





「クソッ!! 撤退だ!! 今の俺達じゃまだアイツには勝てない!!」


 凶暴凶悪な《禁指定竜種ドラゴニクス》の攻撃を受け、青年は一瞬で判断すると一目散に駆け出した。すかさずシスターの少女を脇に抱え込むと、全力で入り口に駆け込み、設置したポータルに一目散に飛び込んだ。


 視界が開けた先は、迷宮の入り口であった。


「今の俺じゃあ、無駄死にするだけだ……訓練と並行して《禁指定竜種ドラゴニクス》を相手にするときの対策を立てたい」


 疲れているだろうに、戻って間もない彼がシスターの少女に提案した。そして、


「けれど、それは俺一人じゃ、どうしたって難しい。だから、疲れているだろうが手伝ってくれないか?」


 少年は彼女に頭を下げたのだった。それに嫌な顔一つせず彼女も、


「そんなかしこまらないでください。貴方が頑張っているというのに、どうすれば私が休めましょうか」


「それって……」


「皮肉ではありません。いつも傷だらけで頑張る貴方を、私は尊敬しています」


「やめてくれよ」


「やめません。それに私には強い確信があるのです。

 私達二人なら、どんな迷宮だろうと踏破出来るでしょう」





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 多くの強敵を葬り去ってきた二人は、最終階層最奥の扉前で、互いに視線を交わし、互いに頷いた。二人に言葉はいらなかった。


 扉の向こうには、水晶に似た質感の人型モンスターがいた。

 そこからは、死闘であった。


 モンスターの硬質な肌を傷付けるには、何度となく斬りつける必要があった。青年は傷だらけになりながらも、諦めることなく攻撃を何度も何度も繰り返した。シスターの女性も、結界と数えるのも億劫なくらいの回復魔法で男性を支えた。


 そして彼は致命傷に近い傷を幾多も負いながら雄叫びを上げ、その一撃がついに───


「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 彼によってつけられた無数の傷がひびとなり繋がり、ピキリピキリと亀裂をとなり、そして、


 ───パリィィーーーン!!


 水晶の人型モンスターが無数の結晶へと姿を変えたのだった。


「俺の、勝ちだ」


 傷だらけの青年が肩で息をしながら、何とか声を上げ、既に駆け出していたシスターの少女が彼の胸に飛び込んだ。


「やったぞ! ついに、俺達は───」


 彼は、少女の両脇を抱え込み、そのままぐるりぐるりと、その場を回った。

 

「ええ、私達は───」



 ───《鏡の迷宮》を踏破した!!



 二人の声が、重なった。












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「うーん、イチローの方が千倍かっこいい」


 俺の左隣のセナが言った。


「かっこいい───というよりは、ムコ殿の方が千倍はかわいいとは思うのう」


 右隣のセンセイがむにょりと俺の頬に指を突き刺した。


「ワタシは、セナ氏に一票、かな」


 背後にいたアノンが、俺に覆い被さり言った。

 すかさずセナが、アノンの頭を掴んだ。

 みしりみしりと頭蓋骨から音をさせて彼は「あだだだだだしぬうう」と謎の奇声を発した。そろそろやめたげてー。


「これは実際に本人達からしたらどうなんだろう? 例えば信頼しあって頷いただけで通じ合う、みたいな場面とかさ」


 前方のアシュが隣のミカに話しかけていた。

 そう言えばアシュはミカ達にボッコボコにされたんだよな……。

 後日、三人から謝られたとは言っていたものの、アシュはまるで何事もなかったかのように振る舞っている。

 彼女のその姿こそが、聖騎士を体現しているように思えた。


「概ね、間違いはありません。というより、アノンさんから頼まれてあのときの話をしたのは私ですので……」


 ミカの語尾が小さくなった。この感じは恥ずかしいときのやつだった。


「っていうか、ミカが脚本を手伝ったのっ!?」


 俺の声に反応し、ミカが俺の方に首を向けた。顔が真っ赤だった。彼女はウィンプルで顔を隠した。


「いけません……でしたか?」


「いや、駄目というわけじゃないんだけど、いつの間に───」


 俺の当然の疑問に対し、


「ムコ殿、別にいいじゃろ。そんな疑問は些末なことじゃ」


 センセイが、俺を窘めた。

 しかし、俺にはわかっていた。センセイの口が『ω』のようなフォルムになっていたことに気付いていたのだ。

 絶対にセンセイが関与しているに違いなかった。

 というより、ミカのセンセイに対する信頼がアツゥイ。 


「イチロー、どうだい? 良く出来てるだろ?」


 セナの握撃から解放され、苦痛から立ち直ったアノンが胸を張って俺に尋ねた。


「何か恥かしいんだけどよぉ。せっかくやってもらって何なんだけど、やっぱりこれやめにしない?」


「やめるのですか?」


 俺のささやかな反対に、いの一番に声を上げたのは意外なことに何とミカだった。

 彼女の表情に深い哀愁の色が浮かんだ。

 それを見ているとどうにも無下には出来ず、俺は困って頭を抱えて呻いたのだった。


「まあ、いいじゃあないか。ワタシの手掛けた舞台こそが、新造最難関迷宮踏破に関する新たな真実に───そのスタンダードになるのだから。これは、その第一歩ってやつさ」


 アノンの多才さには頭が下がる思いだ。

 そして世話になりっぱなし、借りを借りっぱなしで俺はもう、こいつにどうやってそいつを返済すればいいかわからない。


「アノン、色々とありがとうな」


 俺は何度目かになる、感謝の気持を伝えた。


「キミからそう言われただけでも、頑張った甲斐があったってもんさ」


 俺がしみじみとしていると、


「んー、やっぱり、俳優さんはもう少しカッコいい方が良いと思うわ」


 空気を読まずに、セナが物申した。

 何だかそれが無性に愛おしくて、俺は彼女を抱き締めた。







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コミカライズ1巻2巻昨日から発売しております。

ご購入くださった方本当にありがとうございます。まだの方も、もし興味がありましたら、是非お手にとってみてください。


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少しずつ感想も返していきますー!

感想楽しく読んでます!いつも応援ありがとうございます!

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補足説明

今回のお話はミカ的にこう見えていたというお話でもあります。イチローくんはいつも内心では「やべーよ!やべーよ!」とか言ってましたが……ミカからすると

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