第45話 勇者竜宮院の約束された勝利の未来⑥

○○○




「気分はどうかな? 勇者くん」


 キッと竜宮院はギルバート枢機卿を睨んだ。


「……最悪だよ」


 ギルバート枢機卿が、竜宮院の反応を受けて話し始めた。


「クラーテル教の多くの者は掛け値なしに清廉でね、彼らは『みんなが幸せになればいい』なんて言うんだ。けど私は少し違う。

 ああ、もちろんみんなが幸せになればいいという気持ちはあるのだけれど、それは二番目でいいと思っている」


 なら、一番は───


「『まずは、私の周りの人間が健やかに、そして幸福に生きてくれたらいい』と願っている。それが波及して、結果的に、大勢の人間が幸せになってくれたら願ったり叶ったりだ」


 ギルバート枢機卿の顔には怒りだけでなく、明らかな疲労が見て取れた。肉体的なものというよりは、精神的なものかもしれなかった。


「私はね、教会に属する者は自分の家族だと思っている」


 竜宮院が、俯いた。


「君は、多くのシスターに良からぬことをしたね?」


「しま、した」


 嘘をけない竜宮院が、ギルバート枢機卿の問いに肯定を示した。


「レモネにいたハロはね、本当に良い子だった。愚直なまでに真面目なあの子は、清貧が過ぎるほどに節制をしていてね、何回も修繕した服を着ていたよ。自身の新しい服はいらないから、貧しい子に買ってあげてくださいってね。全ては他人のためにと、動いていた彼女だったけど、つらい表情なんて一度も見せなかった。それどころか、彼女の見せる天真爛漫さは、何物にも代えがたいものだった。どれだけ悩んでいる人でも、彼女の側にいれば心が温まった。ハロは、まるで太陽みたいな子だったよ」


 彼は、何かに思いを馳せているようであった。


「私は、気付くのが遅すぎた。彼女の件を知って以降、それまでの君達が滞在した教会を調べてみた。そしたら、まあ出るわ出るわ。私は自分の愚鈍さを呪ったよ。ジェーンもキャスもケイトも、その他のみんなも、君にとってはただのモブで、ただの欲望の対象だったんだろう」


 わかるかい? とギルバートが問い掛け、答えを待たずに話を続けた。


「私はね、怒ってるんだ。だからこれは、聖職者にあるまじき復讐ってやつなんだ。私には、どうすれば君のように振る舞えるのかがわからない。君はさっき『どうして君達はこんな酷いことが出来るんだ』って私達に言ったね? 逆に私が聞きたいくらいだ。どうして君はそんなにも他人の痛みに鈍いのか? どうして君はそんなにも自分本位に振る舞えるのか?」


 竜宮院は、沈黙を貫いた。


「沈黙は金───か。ふん、まあいい。君に与えた六つの枷は、これからの君に送る、私達からのプレゼントだ」


「何がプレゼントだっ! こんなものは人権侵害じゃないかっ!!」


 これからの生活を想像したのだろう。

 竜宮院の憎悪が、恐怖を完全に上回った。

 しかし、構わずギルバート枢機卿は話を続けた。


「それでは、君の処遇について、本題に入ろうか・・・・・・・


 竜宮院の時が止まった。

 俺も、驚いた。

 これで終わりじゃないのか───


「君はこれまで、七つの新造最難関迷宮を踏破したという名目の元で好き勝手にやってきた。だからね、それを真実のものにしよう」


 竜宮院は「えっ?」と尋ねた。


「つまりね、七つには足りないけれど、残る五つの迷宮の攻略、その一部を君に任せようと思うんだ。

 さすがに《限界突破》は永続的な効果ではなかったけれど、君の持つ《成長率5倍》という類稀たぐいまれなスキルは、早々に君を一流の戦士にしてくれることだろう」


「どうしてぇ!! どうして僕が、なんで僕がそこまで働かなきゃならないんだっ!!」


 ギルバート枢機卿の提案に、竜宮院が声を上げて反対した。

 彼の反応を見て、ギルバート枢機卿が手を上げた。

 それは合図であった。準備はとうに終わっていた。


「【忠義の戒めプライドフォビア】」


 竜宮院のすぐ隣・・・に、光の柱が上った。


「今回はわざと外した。今の光は、傲慢に振る舞うことを戒める光。万が一、今みたいに、他者を軽んじた発言をすれば、私達は君の枷を増やす」


 ギルバート枢機卿の決意を感じ取った竜宮院が、ぼそぼそと何かを呟いた。


「どうして、僕が、こんな目に合わなくちゃならないんだ。異世界に来れば凄いスキルをもらって無双出来てハーレムを作れて知識を持ち込んでチヤホヤされて誰からも認められて何やっても上手くいくはずじゃないのか」


 それは愚にもつかない戯言であった。

 竜宮院の言葉にギルバートが堪えきれず「ぷっ」と笑った。


「何だよ? 僕を笑ったのか?」


 ギルバート枢機卿は目を剥いた竜宮院を宥めるように言った。


「君は本当に馬鹿だなぁ。私は、君の今言ったことのほとんど全て叶えた人を知っている」


 竜宮院が「どうせ知らない奴だろ」と答えた。するとギルバート枢機卿が再び「ぷっ」と笑った。


「もちろん君も知ってる人だよ。答えは簡単。君と一緒に召喚された聖騎士くんだよ」


 おいおい、やめろし。

 ハーレムじゃねーよ。

 やらしいことなんてなんにもしてねーよ。

 それどころか、やましいこと一つしてねーよ。

 知識チートもしてねーよ。

 それどころか無知チートで毒キノコ食って死にかけたり、露天でおっさん達にボラれる始末だよ。


「彼は、君とは違って義に篤く、何事にも一生懸命だったからね」


 ギルバート枢機卿は話を変えるべく「まあ、そんなことはいいんだ」と述べた。

 よくねーよ。褒められたら嬉しいゾ。


「勇者くんには、新造最難関迷宮踏破の一部を担ってもらう。これはもう決まったことだ。拒否をしても構わない。その場合、君には今研究中の生体ゴーレムのパーツになってもらう。勇者を材料にするんだ、さぞや強力なゴーレムが創れることだろう」


 ヒッ……と息を飲んだのは竜宮院だった。


「私達の隙を見て、逃げても構わない。君の魔力等の個別データは既に採らせてもらっているからね。もちろんそれらの情報は追跡アイテムにも登録している。君が逃げようが、私達は地の果てまで君を追い掛けることを誓う。見つけ次第、君には生体ゴーレムの───」


 生体ゴーレムのパーツという単語はあまりにも強力なワードであった。


「う、う、うう、どうしてぇー! 僕は勇者なのにぃーー!! 僕は勇者なのぉぉぉぉぉーーー!!」


 竜宮院が声を上げて涙を流したが、ギルバート枢機卿はそれには触れずにこれからの予定を告げた。


「このあとまず君には、私達の用意したアイテムをいくつか装着してもらう。

 それから君が現れるのを今か今かと待っている人員達と合流し、レモネに戻ってもらう手筈となっている。

 そうして、勇者くんには、まずは《時の迷宮》を攻略してもらおう」


 ギルバート枢機卿の言葉を聞き、


「どうしてぇぇぇ! こんなぁぁぁ! ことにぃぃぃぃ! 誰かぁぁぁっ! 助けてぇぇぇぇぇぇっっ!!」


 竜宮院は、大声で泣きに泣いたのだった。










────────────

これにて竜宮院のお話は一段落つきました。

長らくお付き合いありがとうございました。

ここまでお読みくださった皆様には感謝の言葉しかありません……


────────────

それからですが宣伝しますが許してー!

本作のコミカライズ紙版が11/19に発売となります!何と1巻2巻の同時発売となってます!

ついに10日前を切りました……!!


イチローのとんでもない絶望顔やナイスバディなアンジェリカさんも収録されております!

ぜひ皆様にお手にとっていただけましたら幸いですー








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る