第43話 勇者竜宮院の約束された勝利の未来④

○○○




「君の戦闘力が実はゴミカスみたいなものだと聞いたときには、予定した以上に時間がかかるなぁと頭を押えて呻いたことを覚えているよ」


 ギルバートが竜宮院を嘲笑あざわらった。


「その点、聖騎士くんには申し訳ないことだけど、《限界突破》スキルだっけ? 本当にありがたいスキルだよ」


 といったところで、ギルバート枢機卿が一瞬呆気に取られた表情となった。


「ん? ちょっと待ってくれ。君のその魔力量───」


 さらには残念なものを見るかのように、竜宮院に視線を向けた。


「もしかして《限界突破》は一時的なものだったのかい?」


 ギルバートが周囲に頷くと、彼の身体を拘束する結界が消え失せた。さらにギルバートが二指を切ると、彼の口に張られた極小の欠陥が消え失せ、代わりに彼を囲い込む必要最低限のスペースの結界が発生した。

 口が聞けるようになった……。

 黙る選択肢もあったろうが、竜宮院は悩んだ挙げ句、言うも言わまいもどちらも結局同じだろうと、顔を顰めて答えた。


「……あれは一生に一度のスキルだった」


「あーあ、せっかく儲けもんだってさっきから頭の中でプランを組み立ててたのに、無駄になっちゃったじゃないか」


 眉をしかめたギルバート枢機卿であったが、すぐに気を取り直したのか、 


「けど、まあいいか」 


 彼はクラーテル教会の関係者達へと視線を向けた。


「今日は、私の呼び掛けでクラーテルから多くの者が駆け付けてくれてね」


 数多くの教会関係者の中から、教皇も含めた十人が、前に出た。彼ら彼女達はすかさず、拘束された竜宮院をぐるりと取り囲むように並んだ。


「みんな、君に対して思うところがある人間ばかりさ」


 竜宮院が大きく喉を鳴らした。


「君は、バカだからはっきりと言ってあげないとわからないだろうけど、彼らはみんな君に憤りを覚えている」


 周囲を見回した竜宮院が身体を震わせた。

 

「王都、グリンアイズ、スクルド、ブルームーン、シースカイ、フリッパー、ペルメル、ジンフィズ、サンガフ、レモネ」


 ギルバートがいくつもの街の名前を告げた。

 その全てに聞き覚えがあった……というよりもその全ては俺達が訪れた街であった。


「行く先々で、君はたくさんの人を傷つけた。君のエゴで傷つけられた者にも、大事な人がいる。彼らが復讐を目論んでも不思議ではない。ごく自然な当たり前のことさ」

 

 拘束された竜宮院が必死に身体をよじった。この場から一刻も早く逃げ出すべく彼は全身で足掻いた。


「それに、君は聖女ミカに悪しき術を掛けた。教会上層部のおよそ全ての人間が彼女を敬っている。君は多くの罪を犯したし、それらは到底許せることではない。それなのにさ、どうして君は自分だけは無事でいれると思ったんだい?」


 ギルバートが竜宮院に強烈な皮肉を以て尋ねた。

 竜宮院にとって、先程とは異なりもはや逃げることはもちろん、言い訳すらできない状況である。

 思えば、掛け値なしに竜宮院が己の罪を突きつけられたのはこれが初めてのことかも知れなかった。


「まあ、いずれにせよ。君に何をやらせるにしても、そのまま・・・・じゃ駄目だろうからね。いくつかの術を施すことにする」

 

 ギルバートの合図に従って、竜宮院を取り囲んだ者が、いくつかのアイテムを床に並べ、竜宮院を中心に幾何学模様や文字などの魔法陣の様なものを描いた。


「君のようなモンスターがどうして生まれたのか考えたんだけど、それは君という人格に備わっている欲望が肥大化し過ぎたからじゃないかなって」


 ギルバートの語りは飄々としている。

 普通に聞けば、そこに何か恐ろしい企みをしているなどとは全く思わせない素振そぶりだ。それが逆に恐ろしかった。


「君は三大欲求が何か知ってるかな? "食欲"、"性欲"、"睡眠欲"の三つであり、人間の根源的な欲求と言われている」


「……それくらい知ってる」


「よろしい。欲望と言っても数多くあるからね。だから私達は、単純に三大欲求から手を着けることにした」


「手を……着ける?」


 教会関係者の準備は滞りなく進み、再び竜宮院を囲んだ彼らの内の一人が、何らかの詠唱を始めた。

 ギルバートは竜宮院のオウム返しには答えず、周囲を確認した。


「最終段階に入った。これ・・はね、禁呪なんだよ。当然だよね。私も倫理にもとる術だと思うよ。人間から本能とも呼ぶべきそれ・・・・・・・・・・を取り除こうというんだから……」


 彼のセリフに竜宮院が呆然とした表情となった。脳が理解を拒否したのかもしれなかった。


「この術に関して言えば、隠れて実験を行ってた凶人がね、捕縛されるまでに行った実験の過程で何人もの犠牲を出している。人間ってやつは存外脆いんだ。この三つの欲求に下手に手を出したら死んじゃうみたいでね……」


「ひっ」


 竜宮院が喉を鳴らした。


「けど大丈夫、安心してよ。彼によって、どうやったら死なないかまで明らかにされているから」


 あっけらかんと死を語る彼は、俺にとっても怖かった。


「まず最悪なのが、三つ全てを取り除くこと。"三大欲求"ってのは、生存本能に深く根付いているから、全部取り除いてしまったら、生きる気力の大半を失って生きる屍になっちゃうんだ。だから少なくとも、一つは残してやらないといけない」


 まあ、これには程度や組み合わせなんかの禁忌もあるんだけどね、と彼は続けた。


「そんな顔しないでよ、安心して。死にはしないからさ。話を続けるから聞けよ。これから君に施すのは、君の"性欲"と"睡眠欲"を奪い取る術だ。君に限っては"性欲"を残しておくなんて論外だし、"食欲"は人間の生存に直結しているから手を出すのは難しくてね……そこはまあ、下手に弄らずにそのままにしておくから、私達に感謝して欲しい。あまりやり過ぎると壊れたり人格が変わっちゃうけど……まあ、睡眠欲は大丈夫でしょう。今後君は眠れなくなってしまうけど、適切な回復をこなしてやれば問題ないからね……」


 地獄の王城訓練を思い出した。

 睡眠の代わりに回復魔法を施し、極限まで睡眠時間を削って訓練に明け暮れたあの日々だ。


「時間だ」


 ギルバートが告げた。

 竜宮院が滂沱の涙を流していやいやと首を振った。


「やめ、やめ、」


 その言葉は恐怖でていを成さない。


「【無欲刑ランドスタンプ】」


 ギルバートが最終宣告を告げる術を唱えると、



「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁ───」



 竜宮院の身体が地面から迸った光の柱に飲み込まれた。







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ついに10日前です。


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ぜひ皆様にお手にとっていただけましたら幸いですー


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