第42話 勇者竜宮院の約束された勝利の未来③

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☆《友好の指輪》☆

 ギルバートの所有するアイテム。

 対話者が心を許すほどに口が滑らかになる効果を持つ。

 こちらを疑ってる者や敵対者などの心を許すことがない者に対しては、効果がほとんどないため、レア度もそれほど高くはない。

 しかし、使い所を間違えなければ非常に強力な効果を発揮するため、このレアリティは過小評価と言わざるを得ない。







○○○




「勇者くん、良い顔してるねぇ! もしかして君、シスターフェチかい?」


 ギルバートがおおっという表情で竜宮院に問うた。


「あ、ああ」


「いいねぇ、君、話せるじゃあないか」


 腕を組んだギルバートが共感を示して頷いた。

 その反応を見て、ついさっきまでテンションが地に落ちていたことが嘘のように、竜宮院の気分が乗ってきたのが分かった。


「まあ、確かに教会のシスターは素晴らしいよ。僕が見てきた達も総じてレベルは高かった」


 厳粛な空間にも関わらず、猥談にも近い話が続いた。


「へぇー、君のような女性経験のある人が、ウチのシスター達を評価してるんだから、これはやっぱり本物なんだろうね。

 それに、もしかしてだけど、君はシスターと夜を共にしたことがあるのかい?」


 俺が言われたら皮肉かと思うような称賛の数々を、額面通りに素直に受け取る竜宮院はさすがに面の皮が厚い。


「当たり前じゃないか。こう見えても、新しい街に着くたびに最低一人のシスターとはヤルことにしていたからね」


「へぇー、そうなんだねぇ」


 教会で重責を担うギルバート枢機卿相手に、『こいつは何を言ってるんだ』と思うようなことを平気でのたまう竜宮院。

 

「クラーテルのシスター達はみんな清楚で、よく言えば純真無垢で心が清らかで、変に出しゃばったりしないんだよねぇ。それは悪く言えば世間擦れしてないバカって言えるけど、それがまた良いんだよね」


「どう良かったんだい?」


 竜宮院は、目の前のギルバート枢機卿の雰囲気が変わったことにも気付かない。彼は聞かれるままに笑顔で話を続けた。その様子はどこか陶酔しているようですらあった。


「僕の暮らす国には、四季というもの存在した。秋という過ごしやすい季節が終わると厳しい寒さの冬が訪れる。冬になると、それまでが嘘のように日を経るごとに寒くなるんだ。そうするとある日、夜間の冷え込みもあってか外には雪が積もっていることがある」


 ぼうっとした表情で彼は語り続ける。


「僕はね、毎年、その年に初めて積もった新雪を見つけると、誰よりも早く長靴を履いて外に出るんだ。僕はね、それはもう、一心不乱に街を歩く。わくわくするだろ。胸が踊って胸が弾む。

 だって、だってだよ。誰にも踏まれていない、キレイでまっさらな雪を、僕の、僕だけの足跡をつけて、決して消えない僕という存在の焼印を押し付けることが出来るんだ───」


 竜宮院は何かを思い出してかうっとりとした表情を浮かべた。


「僕は思ってたんだけど、クラーテルのシスターは新雪だね。新雪ってのは僕の世界じゃ"処女雪"っていうけど、本当にぴったりの表現だ。"シスター達"という誰にも汚されてないまっさらな存在に、"僕"という存在で踏みつけて荒らすように"僕"を一心不乱に刻みつけるんだ。それも、彼女達の心から一生消えないくらい、何度も何度も何度も徹底的にこれでもかと刻みつけてやるんだ」


 彼の異様な雰囲気に、誰もが息を飲んだ。


「君ならわかってくれるよね」と竜宮院がギルバートに笑顔を向けた。ギルバートはそれに対し「うんうん」と頷いた。彼の反応に竜宮院がさらに気を良くした。


「さすがは、勇者くん。女性の扱いにも、一家言あるんだね。

 ところで、君は、長らくレモネにいただろう? あそこのシスターはどうだった?」


 竜宮院は五秒ほど考えたのち、やっとこさ思い出したからか、さらに顔を明るいものとした。


「あー、レモネのシスターも良かったよ。仕事が忙しかったから、一人しか相手に出来なかったけど、可愛いだったね。名前は何だったかな、ヘローだか何だかそんな名前だったかな」


「ハロ」


「そうそう、ハロー! ハローだ!

 ハロー・グッバイ・また会いましょうのハローだ!

 彼女は、背が低くて童顔なのに、出るところが出ててね。ああいうのをロリ巨乳、昔風に言えばトランジスタグラマーって言うんだろうな。

 やぼったいシスター服からでもわかるくらいに胸がくっきり出てるんだよ。あんなの男を誘ってるのと同じさ。

 それに彼女はずば抜けて純真だった。

 だから街の人からもとっても好かれていたみたいだし、教会の関係者も、みんな彼女のことが好きだった。

 それに加えて実力もあるっていうから、僕の仕事の助手をお願いしたんだけど、こいつがどうにも使えない奴でさぁ。大事な場面で取り返しのつかないミスをしたもんだから、ちょっと責めただけで泣き出しちゃって。本当に、あのときは困ったよ」


 こいつは、ここまで喋る奴だったか……?

 竜宮院の瞳に異様なものを感じた。

 そして相変わらず、竜宮院はとことん卑劣な奴だった。


「落ち込んでるから、僕が声を掛けてやったら、一丁前に拒否りやがるんだ。それからはさっき言った通りさ。無理やり部屋に連れ込んで、彼女という純真無垢な存在に、僕という存在を嫌というほどに刻みつけ───」


「もう結構だよ」


 竜宮院の語るのを遮り、ギルバート枢機卿が眉間を揉んだ。


「聞きたかった話も聞けたことだし、君との会話はこれで終わりだ」


「えっ!?」  


 ギルバート枢機卿による、いきなりの会話の打ち切りに竜宮院は呆気にとられた表情を浮かべた。


「どうして……?」


「どうしてもクソもないよ。そもそも私は最初に言ったはずだ。『嘘も方便』だって。それには君も同意したじゃないか。『貴方は、物事の機微をわかってるようだ』だったかな?」


 竜宮院は展開についていけず言葉を探しているように見えた。

 しかし、構わずギルバートは話を続けた。


「ああ、言っとくけど、君の力を借りたいという話ももちろん嘘だ。君みたいに自意識ばかり肥大した何も出来ないガキに、誰が好んで力を借りるというんだい? 君程度の発想やアイデアなら、これまでこの世界の発展に力を貸してくれた、君の先達がとっくに教えてくれている」


 例えばチョコやカレーなどの料理ですら再現されている。

 それに舞台だって、魔法を使った演出が用いられている。

 馬車には、スプリングが用いられていた。

 冷蔵箱は冷蔵庫を模したものだろうし、構造の違いを考えなければ似たものはいくらでもある。

 知識の乏しいただの高校生だった俺ですら、今例に挙げた物以上のことに気付いていた。

 何かの知識を持ち込むなら、それが既にあるかどうかを調べないといけない。

 

「中身のない話をよくもこうペラペラと話せるもんだ。その姿は滑稽を通り越して哀れですらあったよ」


 そこで竜宮院がようやく我に返った。


「俺を騙したのかッ!!!」


 彼がギルバートへと罵声を浴びせようとするも、それは叶わなかった。

 ギルバートの二指が空を切ったと同時に、竜宮院の口に再度結界が貼られたからだ。


「もう黙れ。聞きたいことは、聞けた」


 竜宮院がもごもごと呻いた。


「私はね、君の処罰に迷ってたんだ」


 とつとつとギルバート枢機卿が語り始めた。


「君は、確かに大罪を犯した。けれど、私達の世界が君を無理やり呼び寄せてしまったからね。そこに負い目がなかったと言えば嘘になる。マディソン宰相は君のことを『殺そう』と提案していたけれど、私はどうすべきか悩んでいた」


 ギルバートの瞳が俺に向いた。


「アノン氏から連絡があり、彼がパイプとなることで、聖騎士くんから一つだけ要求されたことがある。彼はね、『君を殺さないでくれ』って言ったんだ。彼ほどの人間からの頼みだ。聞き届けないわけがないよね」


 次いで竜宮院の瞳が俺に向けられた。

 どうしてお前だけいつも───彼の瞳がそう語っていた。


「そうして、君には生きて罪を償ってもらうことが決まった。次は、君を生かすのなら、どのように償わせるか? という問題だった。これに関しては、全てこちらの好きにさせてもらう。大丈夫、勇者くん安心してよ。絶対に何があっても殺しはしないから」


 ───こちらの好きにさせてもらう


 ───安心してよ


 ───絶対に何があっても


 しかし、竜宮院はギルバートから放たれたセリフに、来たるべき己の未来を想像し背筋を震わせた。








─────────

ギルバートのこの話も実は何かややこしくて

山田くんから頼まれたから殺さないと言ってますが、彼は元々殺すつもりはありませんでした

もちろん慈悲とかそんなんではなくて、竜宮院を死ぬよりも辛い目に合わせたいと思っております。

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