第31話 聖騎士 vs 勇者 ③
○○○
───勇者竜宮院は、私の功績を奪うのみならず、彼の持つ謎の能力によって、私の大切な仲間を操り、非道な行いを強制しました
ついに俺は言った。
マディソン宰相が「うむ」と頷いたのを見て、俺は話を続ける。
「私の知っている彼女達は、いつだって人のために動ける善良な人物でした。だから今、かつての自分を取り戻した彼女達は、自らの行いを強く悔やみ、全ては自らの
俺は、その場にいた貴族や、教会関係者へと言葉を投げ掛けた。
「この場にも、以前の彼女達を知っている方々が大勢おられるはずです。助けられた方もおられるかもしれません。また私の話にピンときた方もおられるでしょう。
そうです、彼女達の本質は勇者竜宮院によって変えられていたのです。
否応なく、自身の信念や心根を捻じ曲げられた彼女達は、彼の言う通りに動くほかありませんでした。ですので、彼女達は加害者である、というよりもむしろ被害者でした。
私はここにおられる全ての方々が、彼女達へと寛大なる対応をしてくださるよう、心より願っております」
俺は既にアノンから、竜宮院がこれまで何をしてきたかを聞いていた。そこには取り返しのつかない罪も数え切れないほどあった。
これは、マディソン宰相や教会関係者にも既に共有されている情報だ。
「最後になりますが、全ての罪は勇者である竜宮院のものです」
それがどれだけ辛く苦しく険しいことだろうが、彼は、己の罪を償うべきだ。竜宮院はそれだけのことをしたのだから……。
正面のマディソン宰相が「ふー」と一息
「のう、勇者リューグーインよ。もう、いいだろ?
そなたの反論はことごとく覆され、苦し紛れに『出せ』と言った聖騎士の彼すらもこの場におる」
未だに
「僕は、ずっと後悔していたんだ」
竜宮院がゆっくりと
「君にもう少し優しくすればよかった……」
彼の表情に悔恨の情が見て取れた。
「そうしたら僕の仲間である君がパーティから抜けることはなかったんだから……」
しかし俺にはわかった。
その表情の裏には、自信や確信といった己を強烈に肯定する感情と、それと共に得も知れぬ喜色が滲んでいた。
「山田───君が出て行ってから、僕はずっと後悔していた。
親愛なる君がいなくなってしまってから、僕はどうやら
けど……僕がどれだけ頑張ろうとも、何もかもが空回りしてしまい、失敗してしまった。
それで僕はずっとずっと強い不安に苛まれることになってしまった……」
彼が再び自身を『僕』と呼称した───
「僕って可哀想でしょ?」
竜宮院が小首を傾げて俺に問うた。
「僕はね、心の底から君が羨ましいんだぁ。
この状況を見てみなよ」
彼の周囲には少なくとも、俺、ミカ達、教会関係者、アノンやプルさん、そしてマディソン宰相をはじめとする貴族達がいて───
「こんなのまるで、針の
360度見渡す限り僕への敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意───」
竜宮院は両手を広げるとぐるりと一周回ってみせた。
「それに比べて君はどうだい?」
さっきまで怯えていたはずの竜宮院は、勢いが乗ってきたようでピッチを上げて気持ち良さそうに話を続けた。
「さっきの君の仲間達の演説、良かったねぇ!!
本当に痺れたよ!! あれぞ、まさに仲間って感じでさぁ!!
まるで少年漫画の一部分を切り取ったみたいだったよ!!」
熱かったなぁ! ああいうのも乙なもんだねぇ! と彼は口の端を釣り上げた。
「どうやらなんだけど……僕も、ちょうど今になってようやく
そしたらさ、改めて君のことを羨ましいなぁと思っちゃったんだ」
竜宮院は芝居がかった態度で「どうしてかって? それを聞いちゃうのかい?」とニヤけた声を出した。それに対しこちらの反応を待たず───否、待つ気などさらさらない───彼は話を続けた。
「いいよ、教えてあげる。どうせ言った所で
実は、今まで秘密にしてきたことなんだけど、
ここにいる君の仲間───とりわけ女達は、全員が全員、君に対して非常に
まるで君は漫画やラノベの主人公だ。
いやー君はすごく愛されてるなぁ」
竜宮院が、微笑んだ。
これまで見た中で一番美しい笑みだった。
人が抱く"喜"や"楽"といった感情を心から感じていないと浮かべようのない笑みだ。
彼は両腕を持ち上げて、ぐいーーっと身体を伸ばし軽くストレッチしてほぐしてみせた。
そして、
「───けど、それってさ、ズルくない?」
「お前、いったい何を」
「僕はこんなに酷い目にあってるのに、君はみんなから好かれて愛されてさ。こんなのって絶対に間違ってるよね?」
冷徹なはずのマディソン宰相ですらも、彼の異様な様子に、困惑を示した。それが単なる窮鼠なのかどうかの判断がつかないようだった。
自分の話したいことを話したいままに話した竜宮院はさらに「話は変わるんだけどさ」と言葉を続けた。
「僕はそもそも、神様と言うやつを信じちゃあいなかったんだ。だけどね、今、僕は、心から神に感謝しているんだ」
彼の瞳に
俺は、背後のアノン達を確認し、右手に装着した三つの指輪を握りしめた。
「神様、ああ、神様、ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。僕の山田を生かしておいてくださってありがとうございます。僕の山田を五体満足でいさせてくださってありがとうございます。僕の山田をこんなにも愛される人にしてくださってありがとうございます。僕の山田をこんなにも活躍させてくださってありがとうございます。そして何より───」
まるでクラシックの指揮者のように、竜宮院は両腕を広げて、首を天井へと反らせた。
「───僕の山田を、ここまで連れてきてくださってありがとうございます」
ああ、ああ、ああ、ああーと竜宮院が悶えるように興奮し、声ならぬ声を漏らした。
「それから山田!! 本当にありがとう!! ここまで来てくれてありがとうッ!! 僕の前に来てくれてありがとう!! 僕のためにいっぱいいっぱいいっぱい苦労してくれてありがとうッ!! 僕のためにいっぱいいっぱい女共に愛されてくれてありがとうッッ!! 何よりも……そうッ! 何よりもッッ!
異様な空気に、多くの者が飲まれていた。
ことここに至ってようやく、教会関係者の数人が動き出した。
焦りを含んだ声が玉座の間に「とめろ! 勇者をとめろ!」と響いた。
「面倒なことにならないように、
まるでスーパーの会計で『ポイント払いするね』とでも言うかのような軽いノリで竜宮院は告げた。
「それにしてもさ、みんなみんな美人で、可愛い娘ばかりで、嬉しいなぁ! 嬉しいなぁ! これからの僕の人生は薔薇色だ!! 彼女達と何しようかなぁ!! 彼女達に何しようかなぁ!! あれもしたい! これもしたい! 考えただけで身体が震えるよ!! ああ! ああ!! ああ!!! 楽しみ過ぎて頭がおかしくなる!! イッちゃいそうだ!!!」
彼は明るい未来に思いを馳せ、その場でつま先立ちしクルリクルリと回った。
「やけに饒舌に喋ってるなコイツとでも思ってそうな表情だね!! 大丈夫!! この"僕"が饒舌に喋ってることも多分だけど"君"がやったことになるのだから!!」
口の端を極限にまで釣り上げ、竜宮院が雄叫びを上げた。
「僕は、改めて君に誓おう!!
僕は、君の頑張りを絶対に無駄にはしないッ!!」
彼はいつものイケボを張り上げた。
「それじゃあ、いっただきま~す!!」
彼の身体から、漆黒の何かが噴き出した。
それこそが───かつて世界を変質させた元凶であった。
竜宮院がスイッチを押したことを俺は理解できていた。
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