第27話 逆鱗

○○○



「『だうと』、じゃな」


 センセイの断言した物言いに、竜宮院が慄いた。


「な、何を言ってるんだッッ?! 勝手に出てきた挙げ句、『だうと』だって?! この女頭おかしいんじゃないか!!」


 涙を浮かべた表情から一転、彼は口の端を釣り上げ口角泡を飛ばして叫んだ。しかし、


「おかしいのはお前の頭だ愚か者」


 センセイがバッサリと切り捨てた。

 それに対し、竜宮院がどうにも気に入らない様子を見せた。


「この僕を誰だと思ってるんだッッ!!」


 彼が声を張り上げ喚いた。

 センセイは彼を冷たい目で一瞥し、緋色の扇をピシャンと再び鳴らした。そこには彼女の愛刀が握られていた。


「お前はちょっと黙ってろ。少し聞き苦しい」


 彼女が軽く刀を振るった。神速。風切り音が遅れて聞こえた。


「ひッ……」


 竜宮院が恐怖に駆られた表情で声を漏らし、ぺたりと尻を床に着けた。さらに彼は、センセイに向かって媚びを売るように何度も何度も首を振ってみせた。


「ようやく此奴も静かになったから、我が少しだけ話をしよう」


 センセイがぐるりと見渡した。

 俺も、今一度周囲に視線を飛ばした。

 すると教会関係者の多くが既にセンセイに対して過剰とも言える反応を示しているではないか。

 教皇は眼球が溢れんばかりに目をかっぴらいてるし、枢機卿や大司祭の多くも頭を下げるべきか、手を合わせるべきか、青い顔であたふたしていた。

 ただ、中には『何だ? この女。顔は良いけど頭おかしいのか?』と言わんばかりの表情を浮かべ鼻の下を伸ばしている者も存在した。


「ここにおるクラーテルのほとんど・・・・の者達は、我から言われずとも分かっとるみたいだな」


 センセイの視線は鋭い。


「ただ濁っとる者もおるな。のうオデッセイ教皇よ?」


 センセイの言葉と視線に反応し、教皇が青褪めた顔でその場にひれ伏した。

 続いて己の予想が確信に至ったほとんどの者が教皇に続き、最後に残された者達もそれを見て慌ててひれ伏した。


「まあ、よい、姿勢を正せ。その辺の話は、勇者の件を片付けてからするとしようか」


 教皇が「御心みこころのままに」と答え、ようやく教会関係者のざわめきが収まった。


 ポカンとした竜宮院へと、センセイが問うた。


「それよりも勇者竜宮院とやら、お前の会った【神】は『老年に差し掛かろうとしたその表情は厳しく、思わずこうべを垂れそうになるほどの威厳を備えていた』だったかな?」


 センセイが嘲るように鼻を鳴らした。

 何とか立ち上がった竜宮院は、センセイの質問に一瞬動揺を見せたが、すぐにそれをしまい込み、大きな身振りと共に迫真の表情で答えた。


「そうだッッ!! 僕は見たんだッッ!! 髭を蓄えた厳しい顔の【神】をッッ!!!」


 とそこで破壊音───センセイが床を踏み抜いた音だった。


「ヒィッ!」


 再び竜宮院はしぼんだように、静かになった。


「勇者よ、残念な知らせだが、そんな神はいない」


「何を根拠に───」


「根拠? そんなもん決まっておる。我の存在自体が根拠であり、お前の言葉が嘘であることの証明だ。この世界には、もはやそのような姿の神はおらん」


 彼女の言葉に様々な感情が含まれていることに気付いた。そこには強烈な怒りはもちろんあれど───


「もっとはっきり言うなら、この国の神、つまりクラーテル教会の崇め奉るクラーテルは女性だ」


 教会関係者の一部がセンセイの言葉に「お、お、お、おお、おおお」と感涙した。

 特に教皇などは声にならぬ声で咽び泣き、王の間が異様とも言える空気に支配された。


「我は肩書に見合わず了見が狭くてな。お前は我の前では言うてはならんことを言うた」


 センセイの怒気がさらに強まった。

 けれど竜宮院は空気を読めない。


「はあっ? やっぱりこいつ頭おかしい女じゃん!! 誰でもいいからこの女を即座につまみ出せッッ!!」


 竜宮院は、周囲の兵士や騎士に大声で命じた。しかし彼の命令を聞く者はもはやいない。状況を把握出来ていない彼は、大きな失態を犯していた。彼の軽率な発言は教会関係者から激しい怒りを招いていた。もう我慢ならぬと、限界を迎えたとある枢機卿の一人が竜宮院へと火の玉の魔法を放った。


「あーーーーッッッ!!! 燃えるゥーーーー!! なんでぇーーーーー! あーーーーーッ! アーーーーーッッ!! アツゥイーーーーーッッ!!」


 火の玉が竜宮院へと直撃すると、あっという間に彼は火達磨となり、その姿は燃え盛る炎に飲み込まれた。

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