第25話 ゴルゴタの丘にて

◯◯◯



 みんなの視線が竜宮院にあつまった。


「ミカ達三人を責めるのはもうやめてくれ!!」


 真に迫る表情で竜宮院がぐぐっと叫んだ。


「彼女達は、何も悪くないんだ!! ミカも!! アンジェリカも!! エリスも!! みんな悪くない! 悪くないんだ! 責めるなら僕を責めてくれ!」


 三人をおもんぱかる慈愛の精神すら感じる表情で彼は続ける。


「彼女達は僕の命令に従っただけなんだ! だから全ての責は勇者パーティのリーダーである僕にあるんだ!!!」


 浮かべた涙がつつっと竜宮院の頬を伝った。


「ミカ、アンジェ、エリス……これまで苦労をかけさせてきたな……本当にすまなかった」


 それはまるでドラマのワンシーンのようであった。彼の表情はこれまでで一番美しく、涙はきらきらと輝き、ぽろぽろと地を濡らした。


「これまで僕のせいでつらい思いをしてきたみんなにも謝りたい。この件が終わり次第……僕は彼らに謝罪して回ろう」


 突然の竜宮院の自白により、多くの者が彼の醸し出す一種異様な雰囲気に飲まれた。


「僕は……愚かだったのか? ならどうすれば良かったんだ? 誰か、誰か答えを教えてくれ……頼むよ」


 竜宮院が己の首に両手を掛けた。


「僕は、僕だけが、罪を犯すことで……全ての民が救われ、全てが上手くいくのなら───僕はそう思ったんだ」


 首にかかったその手が徐々にきつく締められた。

 まるで悲劇のヒーローのようなポーズだった。

 竜宮院の独白が、今始まる。


「あの日───僕が山田と共にこの世界に召喚されたあの日のことだ」


 竜宮院の表情は、何かに思い馳せるそれであった。


「山田がどうだったかは僕には知るすべがない。けれど、この世界に辿り着く前に、僕は不思議な空間に呼び出された」


 もちろん俺にそんな記憶はない。

 それに俺が召喚され目覚めたとき、彼は意識を失っており「ママァ」などと寝言を漏らしていた記憶があるのだが……。


「そこは何もない白い空間だった。そもそも通学しているはずだったのが、気が付いたら急に知らない場所にいたんだ、混乱しないわけがなかった。……けれど、僕は恐怖心から叫び出しそうになった己を叱責し、何とかひたすらに前を進んだ。すると人影が見えた」


 竜宮院が「ぐっ」と喉を鳴らした。


「そこにいたのは【神】だった。

 僕には一目でわかった。老年に差し掛かろうとしたその表情は厳しく、思わずこうべを垂れそうになるほどの威厳を備えていた。【彼】の双眸は、かつていた世界で見た彫像───全ての民のために磔刑を受け入れた者と同じ目をしていた。姿形は違えど、そこに滲み出た覚悟や、神聖さなどは誤魔化せやしない」


 竜宮院は語る。

 しかしそれとは別に、俺は隣から強烈な寒気を覚えた。


「僕は【彼】を前に緊張のあまり上手く声を発せなかった。【彼】は僕に構うことなく、これから起こることや、僕がどう動くべきかを端的に説明すると、僕にそうすべしと命じたんだ」


 話はそれだけじゃない、と竜宮院は続ける。


「僕がそれに従わない場合は、その世界は滅び、莫大な数の人間が死ぬとも告げられた。けれど、僕はすぐには頷けなかった……だって当たり前だろ……頷けるわけなんてないじゃないか……僕がそんな酷いことをするだなんて……」


 彼の悔やんだ表情はサマになる。


「【神】は仰った。

 僕が【彼】の言う通りに動けば影ができ、僕という影が濃くなれば濃くなるほど光が際立つ。その度に聖騎士である山田に強い光が差し、世界は救済の道を辿るだろうと」


 竜宮院が両の目から流れた涙を何度も袖で拭った。


「僕は召喚されて以降、【彼】───つまり【神】に命じられた様に動いた。

 抵抗はもちろんあった。僕が【神】の意に従って行動すれば、僕は間違いなく人道を解さない人非人にんぴにんの誹りを受けることになるから……」


 今みたいにね、と竜宮院は自嘲してみせた。


「そして、それ以上に、多くの者を傷つけることになるんだから。

 だから、最初は僕も迷っていた。

 本当に【神】の命令に応じるべきなのかどうかを。

 けれど、この世界に来て、調べれば調べるほど、話を聞けば聞くほど、ネクスビーの脅威を実感することとなった。ネクスビーは既に何人ものS級探索者達を死に追いやったと言うじゃないか。

 僕は想像した。想像してしまったんだ。

 それは……悪夢の想像だった。

 人類が死力を尽くしてようやく倒せるような魔物が、ネクスビーから、無数に湧き出てくるんだ。

 ネクスビーのモンスターにとって戦士かどうかなんて関係ない。あいつらは一片の慈悲なく平穏を踏み荒らし、死神の鎌を振るうだろう。男も女も子供も老人も関係なく、蹂躙され皆殺しにされるんだ。

 それはもはやこの世の終わりの想像だ……。

 だから僕は、だから僕は───」


 涙で竜宮院の瞳が煌めいて見えた。 

 

「僕は召喚された当初、試しに【彼】に言われるがままに行動してみた。するとどうだい? これまで長年踏破不可とされた迷宮がたったの半年で踏破されてしまった。

 喜ぶべきだったが、浅ましい僕は素直には喜べなかった……。

 ただ、僕の心の中で『やはり【彼】に従うべきじゃないのか?』という考えだけがさらに大きなものとなった。

 そうこうする間に《光の迷宮》が踏破され、《力の迷宮》踏破され、と次々に素晴らしい結果が人類にもたらされた。

 もうこうなってしまえば、僕には、【神】の命に逆らうという選択肢はなかった」


 竜宮院は言葉を詰まらせたが、一生懸命に言葉を絞り紡いだ。








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